呆れるほどに広がる青い空、白い雲が流れていた。

緑に彩られ、花が咲き誇る道を一つのバスが走っている。

ここはシャトレーゼ皇国。

皇王が治める大きな争いの無い、定義の上では平和な国。

国の技術力、文明はさほど高くは無いが自然の溢れる静かな国。

言ってしまえば田舎。

その田舎の更に田舎…国のはずれにあるサンズ村。

このバスはそのサンズ村から首都シャトレーゼへの唯一の移動手段であった。

日に一本。だが、それに見合うだけの人数しか乗らない利用率の低いバス。

今日はそのバスに珍しいことに二人の乗客がいた。

一人は後ろのほうに座り、窓を全開にして外の風に青い髪をなびかせながら眠っていた。

一人は前のほうに座り、そわそわしながら、それでいてうきうきしながら赤い髪を振って周りを眺めていた。

一人は青年、一人は幼女。

髪と瞳の色も、背丈も、性別も、様子すらも全て正反対な二人。

彼らはそれを象徴するかのように対照的な場所に座っていた。

バスは静寂をつれ、新たな利用者も乗せずに走り続けていた。

その目的地がまったく別の道を歩んできた二人の運命を変える場所となるとも知らずに・・・

 

バスはシャトレーゼの入り口にたどり着いた。

シャトレーゼは首都ではあるもののビルなどの高層建築物は一切無い広い街だ。

そこに住まう人々はこの国の主である皇王のお膝元、日々の営みを続けていた。

レンガ造りの住宅街、物流により様々なものが手に入る商店街、レンガ道を走る車。

中世的な様相に近代機器が取り込まれた不可思議な町。

だが、この風景こそがこのホライゾンにおいては一般的な街の姿、そのものであった。

 

「えうぅ〜・・・」

不可思議な声に青い髪の青年は瞳を開けた。

車内から外を見るとすでにシャトレーゼについているのが分かり彼は立ち上がる。

軽い伸びをした後に、頭をぼりぼりとかき大きな欠伸をした。

どうやら、完全に熟睡していたらしい。

その眼はまだ、虚ろで脳も回転していないようだ。

一、          二度首を振ると少年は目を思いっきり閉じ、瞳を開いた。

切れ長の瞳は鋭く青い瞳と相まってクールな印象を与える。

長く無造作にそろえられた髪はワイルドな印象を与える。

だが、整った顔立ちはそれすらもプラスして大人びた印象を周囲に与えるだろう。

何処に出しても恥ずかしくない美青年である。

だが、当の本人はその自覚が無いのか、それとも気にしていないのかその動作などはそれらを

全てぶち壊してしまいかねないぐらいに大雑把だ。

青年はさっさとバスを降りようと前のほうへと歩いていった。

そこでようやく、先ほどの声の正体に気づいた。

赤いツインテールの小さな幼女がなにやらバスの運転手と口論しているらしい。

その声がこっちにまで聞こえてくる。

「だから、お金を払わないとおりれないんだよ。お嬢ちゃん」

バスの運転手が優しい口調で幼女に言い聞かせるように言った。

だが、その笑顔は硬い。相当、頭にきているらしいが怒鳴らないのはまぁ、大人だろう。

「だから、お金あるよ。ほら」

幼女はそういうと小銭を一、二枚ほど小さな手のひらに乗せて見せている。

だが、明らかにそれはバスの運賃として不釣合いなものだった。

「だからねぇ・・・」

どうやら、そういうやり取りがさっきから延々と続いているらしい。

いい加減、疲れてきているのか運転手の声はため息交じりになっていた。

幼女のほうはなんで出してもらえないのかいまだに分かっていないらしい。

「親御さんはどうしたんだい?」

運転手が尋ねる。

幼女が乗ってきた場所は何も無い場所だった。

森の途中、近くに村も無ければ人が住んでいると噂も聞かない場所。

不審だったが乗客も少なかったし乗せたものの、長い時間が運転手に疑問を抱き始める。

何事にも無関心で有名な彼でもここまで来ると聞きたくもなってきていた。

「親・・・親・・・親はいないよ」

幼女は驚いた表情をすると少し悩んで、うつむき加減につぶやいた。

その言葉は悲壮感を漂わし本当のことを言っているようだった。

「じゃあ、なんでここまで来たんだい?」

「それは・・・・えっとぉ・・・えうぅ・・」

幼女は困り果てた様子で頭を抱え込んで悩んでいる。

「でも、でもでも。親はいないよ。本当だよ。だから、言わないで、内緒にして」

幼女は涙目になって、すがるように運転手の服のすそを掴んだ。

その表情は必死だが・・馬鹿なのか、自分が嘘をついているのをばらしている。

「だがねぇ・・・」

運転手も対応に困り果てていた。

だが、目をウルウルさせながらすがり付いてくる幼女にいやな気分はしていない。

「そ・・それじゃあ・・」

運転手は少し息を荒げながらなにかを言い出そうとする。

「悪戯でもする気か?」

そこにタイミングを見計らったように青年が札束を差し出しながら尋ねた。

見計らったようにも何もずっと眺めていたわけだが・・・

「えっ!!!いやっ、私はそんな!私には妻も子もいる身だよ。いくら、可愛いからってそんな・・・」

そこで焦っているところが異常に怪しい。

青年はじと目で運転手の顔を見ながらため息を吐いた。

「幾らだ?」

青年の問いに運転手は口をぱくぱくさせながら呆然としている。

「えっ・・・な、何がだい・・?」

「バスの運賃だよ」

青年はほとんど呆れた様子で言い返した。

運転手は納得した様子でうなずいた。

何を想像したのかは分からないがよからぬことだろう。

腹に何か企んでる人間の象徴的だ。

「あぁ・・サンズ村かだから一万ギラだね」

「んじゃ、これで足りるだろ」

青年はそういうと一万ギラ札を二枚運転手に差し出した。

「いや、一枚でいいんだがね」

明らかに間違った運賃に運転手は一枚、返そうとするが青年はそれを手で制した。

「それだけありゃ、足りるだろ。んじゃ、降りるぞ」

青年は幼女の背中を押すとバスの外へ降ろそうとした。

「ちょっ、何処に連れてく気だい?」

運転手は立ち上がり青年の肩を掴んだ。

「運賃はそれで足りるだろ・・・それとも、残しておいてほしいのか?妻子もちの運転手さん?」

青年の不敵な笑みに運転手は何も言い返せずそのままシートに尻をついた。

雑魚と青年は小声で呟くとそのまま幼女と共にバスの外へと降りていった。

幼女は困った表情を浮かべるが促されるがままに外へと降りる。

 

二人が降りるとバスはすぐに扉を閉め、そのまま走り去って言った。

まるで小悪党が逃げ出していく様、そのものだ。

「んで、ガキ。名前は?」

青年は自分の腰ほどまでしか身長の無い少女に尋ねる。

「………」

だが、幼女はその言葉が聞こえてないのか、それとも周りに写る景色がそれほど珍しいのか、

辺りをキョロキョロしながら瞳を輝かせていた。

青年は左右によく動くツインテールの根元をガシッと手のひらで抑え付ける。

そして、しゃがみ目線を合わせると引きつった笑顔で尋ねなおした。

「ガキ、名前は?」

その動作と言葉に幼女は相当、頭にきてるのか、顔を真っ赤にし青年をにらみつける。

「私はガキじゃないよ!シャサって言うんだよ!」

怒鳴って噛み付きかねない勢いでそういい終えると頭の圧迫感が無くなりきょとんとしている。

青年は掴んでいた手を離し立ち上がった。

その青年の顔を追いかけるようにシャサは首を上げる。

そこに広がる青空と、少年の顔がダブって見えた。

印象が薄いんじゃない。

まるでそこに広がる青空のような大きさと安心感を抱かせるような笑顔。

青年はさきほどまで抑え付けていた頭を優しくなでると口を開いた。

「オレの名はトール」

それは空、何も無いはずなのに確かにこの世界を埋めるもの。

青い髪の青年トールと赤い髪の幼女シャサの出会い。

この二人の出会いは何をもたらすのか・・

それは今は分からない・・・

だが、シャサはまるで長年、待ちわびていたなにかに出会えたような感動を感じていた。

不意に一筋のしずくが頬を零れそうになる・・・

「金、返せ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機 鋼 神 王

第一章

〜戦士、立つ〜

第一話

青の代名詞

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ・・・?」

シャサは呆然と立ち尽くし、口を開け、笑顔のままのトールを見上げていた。

「だから、金返せ。1万ギラ」

トールはさも、当然といわんばかりの表情で再び言い放つ。

「えうぅ・・・私をピンチから救ってくれたんじゃないの・・?」

さっきまでの感動はなんだったのだろう・・・

シャサの小さな心は深いダメージを負ってしまった。

出かけた涙などとうに引っ込んでしまっている。

「救ったじゃん。あの、おっさん、間違いなくロリコンだぜ。ロリータ全開っぽいお前のことだ。

あのままではどこか薄暗い倉庫の中INバスで銀色のシールが張られるゲームのような展開に」

トールはわけ分からないことをうんうんと頷きながら語っている。

「ロリコン?よくわかんないけど・・・ひどいよ。私、お金ないよ」

「金がないなんざ。誰だって同じなんだよ。だがな、この世知辛い世の中、んな言葉でわたっていけるほど

甘くはないんだ。これも社会勉強。借りたら返す即効で。それがサラ金を上手く利用する秘訣だ」

トールは饒舌に語っていく。

その口調と、言葉の内容に外見から感じさせる大人びた雰囲気がクールさなど微塵も感じさせない。

俗に言う、口を開くと三枚目な人らしい。

「バスの運転手さんとかわんないよ」

シャサはため息まじりに地面を眺めながら呟いた。

かっこよくて優しいお兄さんという印象を受けていたのにがっかりだと内心で思っている。

「変わるぞ。俺は体で払えなんざ言わないからな。さっさと親の元に案内して金を払ってもらう」

トールがそういい終わるとシャサは驚愕し体をがたがたと振るわせ始める。

トールはようやく、自分がどれだけ危険な立場だったかを把握したのかと勝手に納得していた。

「やだ・・・だよ・・・折角・・・せっかく、逃げたのに・・・やだ、やだ」

シャサは小声で呟くと瞳に涙を浮かべ、左右の腕で逆の二の腕を掴みがたがたとさらに震える。

その様子が明らかにおかしいのに気づきトールは肩に手を置き落ち着かせようとした。

「おい、だいじょ・・・」

「いやぁぁ!!」

シャサはその手を思い切り弾くと一目散に街の中へと駆け出していった。

「つっ・・・」

幼女の力とは思えない力で弾き飛ばされたトールの手は真っ赤にはれている。

異常なまでの怖がり方、信じられない力・・・

明らかに普通ではない少女。疑問に思う点はいくつもある。

だが、

「金、返しやがれぇ!」

トールは目先に利益に執着し続けていた。

 

 

「やだ・・・やだよ・・・やだよ」

シャサは肩まで届くほどのツインテールをたなびかせながら雑踏の中を走り抜けて言った。

周囲の人が奇異の瞳でシャサのことを横目で見てはすぐに興味をなくし前を向いた。

そして、さらにおかしな人物を目撃することになる。

「待ちやがれぇ!」

凄まじい勢いと形相で街道を疾走する美青年・・・更に逃げる幼女を追っている。

何もそんな小さな娘にも手を出さなくても・・・と誰もが思い。

そして、同時に・・・恐くて止められないと思いながら彼らは日常へと戻っていった。

「待てやぁぁぁ!と言われて待つやつがいないなら、新しくその一人になってみせろぉ!」

どこか頭のねじが一本抜けてんじゃねえのか的な発言をかましながら青年はひた走る。

田舎では毎日、山道を走り回り、挙句の果てに農作業に明け暮れていた彼の足腰は常人のそれとは比べ物にならない。

更にシャサとは足の長さからして全く違うのだから自然と追いつき始める。

だが、人が邪魔な分、小さなシャサのほうが速い。

事実、その距離は縮まるものの劇的な変化は見せていなかった。

 

シャトレーゼは海に面した国である。

東の大陸の東の果て・・・首都であるシャトレーゼは完全に果てにあるわけではないが

入り江になっており港としても機能していた。

だが、この先にどんだけ言っても何も無いためにただの漁港としての役割しか果たしていない。

何気にサンズ村のほうが栄えた国に近いのもおかしな話ではある。

そんなわけでシャトレーゼには港があった。

サンズ村がそれとは逆にあり、バスがシャトレーゼの入り口に着き、シャサが東に逃げる。

そして、馬鹿みたいな距離を疾走したのだから港につくのは世の道理だ。

物理的にも当たり前だ。そこまで逃げてそれを追いかけるほうは可笑しな話だが。

そして、シャサはそれに全く気づいていない。

なにかに取り付かれたかのように走るだけ。

走って走って走って・・・前なんざ見えていないようだ。

更にトールが延々と追っかけてくるのだから必死にもなっていた。

そして、そのままの勢いで海に飛び出していく。

「えっ・・・えぇ!」

シャサはそこで自我を取り戻したかのように慌てふためいていた。

だが、遅い。

すでに海の上だ。

後は万有引力の法則にしたがって落ちるのみ。

「バカかぁ!!」

それを見ていたトールがシャサに向かって飛び出した。

助けようとしたのだろう。

だが、自分も地面から飛び出してどうやって連れ戻す気だ・・・?

凄まじい勢いで飛び出したので空中でシャサを受け止めてトールは気づいた。

「オレもバカだぁ!!」

トールの勢いが加わって更に遠くに伸びて大きな水柱が立ち上った。

 

「えうぅ!溺れるよぉ!」

泳げないのかシャサは慌てふためいて手足をばたばたとさせている。

衣服が水を含み自重をあげる、暴れる手足は浮力を生み出すどころか人を水のそこへといざなう魔の動作だ。

恐怖は人に冷静な判断力を落とさせる。

溺れる人の典型的な症状に陥ったシャサはこのまま海の藻屑に消える運命。

一人なら

「落ち着け、ガキ!!」

一緒に飛び込んだ。むしろ、勢い上げたトールは落ち着いた様子でシャサの後ろ側に回り込むとその体を支えた。

だが、パニック状態のシャサにその言葉も、感触も伝わっていないのか相変わらずの状態だ。

上手い具合に掴んだが暴れまくってるために上手く泳げない。

ただでさえ服を着ての水泳などやりにくいというのに。

「やだっ!死んじゃう!溺れ・・」

「シャサ・・・大丈夫だ。オレが護ってやる」

トールはシャサの小さな体を抱きとめると耳元で呟いた。

抱きついたのはよりしっかりと支えるため、耳元で呟いたのはしっかりと聞こえるようにするため。

やましいことなどトールには100ぱー無い。

シャサはそのぬくもりを、優しい言葉を感じて落ち着きを取り戻した。

全てを包み込むような青・・・その代名詞たる空。

その色を映し出した水の中でトールの存在は何よりも大きく、何よりも優しかった。

 

「ったく、まだ、少し寒いというのに泳ぐはめになるとは・・・しかも、初めての海。

貴重な体験が増えたぞ。まったく・・・」

水に濡れた髪をかきあげながらトールはぼやいた。

飛び込んだのは自分の意思だが、このさい関係ないらしい。

シャサはシャサで呆然としていまだに座ったままピクリとも動かない。

よほど恐かったのか、それとも他に理由があるのか分からないが

トールは本当に生きてるのか疑問に思いシャサのほうへと歩み寄った。

そして、来ていたシャツを脱ぐと思い切り振りぬいて頭にたたきつける。

「いったぁー!!なにすんだよ!!」

シャサはじんじんとする頭をさすりながら立ち上がって怒鳴った。

濡れたシャツではたかれると相当痛い。いや、マジで。

「おぉ、生きてた」

「トールが助けたんだよ!見たら分かるよ!!」

相当、激昂してるらしい。

先ほどまでなにかに震えてたのが嘘のようだ。

「見て分かったらはたかないぞオレは」

「じゃあ、バカなだけだよ」

「誰が馬と鹿だ。まぁ、その元気がありゃいいよな」

トールはそういうと濡れた赤い髪をなで上げる。

彼なりに心配していたのだろう。

ちゃんと様子がおかしかったのは分かっていたらしい。

そこまでバカではないようだ。

そして、周りの目が気にならないほどでもない。

「あぁ・・・いくぞ」

トールはシャサの腕を掴むと立ち上がらせた。

まるで羽根のように軽い幼女はそのまま飛んでいきかねないほどに軽かった。

「いくって・・・?」

シャサは不思議そうな表情でトールにたずねる。

別に場所など聞いていないしそんな話ではなかったはずだ。

「ここだと目だってしょうがないからにげんだよ」

大きな声でそういうことをいうのもどうかと思うが・・・

言葉どおりにトールとシャサは目立っている。

何しろ追いかけっこをしてた挙句に海に飛び込んで這い上がってきたのだ。

注目するに決まっている。

このままでは憲兵(警察のようなもの)を呼ばれかねない。

早いとこ、この場から逃げ出したいのがトールの心情だろう。

「う、うん・・」

必死の形相のトールに気おされてシャサはおとなしく従うことにした。

ここで反抗してもいいことはないだろう。

 

トールとシャサはしばらく歩き回って広場にまでやってきていた。

濡れていた衣服は途中でタオルを買って何とか水分をぬぐっている。

まぁ、買うときにコンビニに入ったのは相当恥ずかしかったのだが、

トールは何とか耐え抜いた。

「オレ・・・今日一日で相当、我慢強くなった気がするぜ」

空を仰ぎまた、一つ人として成長したことをトールは感じていた。

実際に成長したかはおいといて。

「えうぅ・・・いつまで歩き回るの?いい加減、疲れたよ」

シャサはその場に座り込んでうなだれている。

いくら、広場とは言え、地面の上に堂々と座らんでもいいだろうに。

「おぉ、お前も疲れたよな。なっ、というわけだからさっさとお前の親の居場所を吐け」

トールは尋問する警察官のようないやらしさでシャサを問い詰める。

それは受ける人の精神を嫌にさせるには十分な威力だ。

はっきり言ってやる気が根こそぎ殺がれる。

「えうぅ・・・親はいないよ」

「いるだろ」

「なっ!!何を根拠にぃ!!」

シャサは声を裏返して飛び上がり立ち上がった。

「お前・・リアクション激しいな・・・」

なかなか、やるなと思いトールは感心していた。

いや、うなところに感心しても・・・

「何でトールに分かるの!」

「いや、誰だってわかると思うぞ。俺と同じ立場なら」

「ど・・何処がいけなかったんだろう」

そうやって、直ぐに自分が嘘をついてることを忘れるところとトールは思いながら腕を組んだ。

「というわけでさっさと連れて行け」

トールは適当な方向を指差すと高らかに言い放った。

シャサはその指につられてその方向を見ている。

そこにはクレープの屋台が立っていた。

「あっ、美味しそうだよ」

シャサはそう呟くとじっとそっちを向いたまま動かない。

犬かなんかだったら絶対に飛んでいきそうな勢いで尻尾を振り回すに違いないとトールは思った。

「なんだったらあのツインテール、感情に合わせて動かないかな」

トールはいきなりシャサの髪を掴むとグリグリと振り回し始める。

「何すんだ!」

シャサがそう叫んだ瞬間、トールの脳天に凄まじい衝撃が突き刺さった。

「ぐはぁ!!」

トールはあごから地面に叩きつけられると頭の両端を抑えてのた打ち回っている。

シャサはご立腹の様子で長くて細い髪を整えていた。

「女の子の髪を触るなんてサイテーだよ!!」

いまだに地面に這いつくばっているトールに吐き捨てるように言い放った。

「いや、マジ痛いし・・・何したの?」

トールは一体、何が起こったのか理解が出来なかった。

どうしたらあそこで頭に衝撃がくるんだろうか?

それは当の本人と一部始終を観察していた辺りの人たちだけが知っている。

「次やったら、脳みそ半分なくなると思えばいいよ」

ビシッとトールを指差してシャサは宣言した。

死刑宣告を

「マジでもってかれそう・・・」

トールはまだ、痛む頭をさすりながら何とか立ち上がった。

「それよりも。ボーっとしてないでさっさと行くぞ。時間が無いからな」

すでに日は傾き始めている。

このまま変に時間を食って日が暮れるなんてことはあってほしくなかった。

「アレ、食べたい」

シャサはそんなトールを無視してクレープの屋台を指差している。

「却下」

「却下!!」

「何でお前のほうが力強く否定してんだよ!」

「やだぁ!食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたいよぉ!!」

今度は地団太踏みながら必死に講義してくる。

間違いなく子供だ。もう、そりゃ立派に完膚なきまでに。

「・・・食わせりゃ、親のところに案内するんだろうな」

トールは嫌そうな顔をしながらそう尋ねるとシャサは満面の笑みを浮かべて体ごと大きく頷いた。

「当たり前だよ!」

「ほぅ、確かに世の理に則ってるようだな・・・何かを得るためには何かを捨てねばならんと・・・。

オレ、捨てっぱなしですが」

なんだか泣きたくなってきたトールだがシャサのほうはすでに屋台の目の前に行ってしまってる。

「早くこーい」

「オレはお前の下僕か・・?」

トールはまるで両足に何トンもある枷をつけられた気分で歩いていった。

もう、なんだか全身に何か乗ってるんじゃないかと疑わしいぐらいに。

 

「えへへぇ」

シャサはご機嫌な様子でクレープにかじりついている。

「ふはは・・」

トールは空笑いを浮かべながらクレープをちびちびとかじっている。

「元気ないねトール。何か嫌なことでもあった?」

「・・・そうだな。強いて言えば・・・なんでこんなガキと街を歩いているのかと」

「よかったジャン」

「何が?」

本気でそう思うトールはこのまま足払いをかまして、ジャイアントスウィングをかまし

屋根の上まで飛ばして消したい気分で呟いた。

そんなトールの気分など知る由も無いシャサはあいも変わらず笑顔のままだ。

「(天使のよぉおな、悪魔の笑顔ぉ・・・オレの横に溢れているよ・・・)」

古い歌の歌詞を思い起こしながらシャサの顔を見ていた。

自分の足元をひょこひょこと歩くシャサは注意しないと本当に蹴り飛ばしそうな勢いだ。

「それよりも本当にお前の親の家に向かってるのか?」

「多分」

「そうか・・憲兵所に行くか」

「えうぅ!!それはダメ!ダメったらダメ!!」

シャサはトールの腕にしがみつくと必死にその歩みを止めようとする。

「何でだ?」

トールはそのシャサをそのまま持ち上げて目線を合わせると尋ねた。

「トールと一緒にいたいから」

「このまま叩きつけてよろしいか?」

「えうぅ!変なお兄さんがいかがわしいことしてくるよぉ!!」

「おんどりゃぁ!!」

トールはそのままシャサをラグビーボールのように抱えるとそのまま疾走していった。

その周りでは人々がひそひそ話を興じてる。

その内容は言うまでも無く社会の乱れについてだった。

 

「弱ぇ!立場弱いぞオレぇ!!」

今でもそのハイテンションが続くだけ立派なトールが街灯をガンガンとけりながら叫んだ。

幸い人気が無いので変人には見られない。

「本当だね」

「くそぉ・・・これが別にこれから住む場所じゃなければいいんだが・・・安住の地に変な噂が立てば

住む前に夜逃げをしなければいけないという深刻な事態に」

そもそも、住んでないなら夜逃げでもなんでもない。

そんなトールを横目で眺めながらシャサはしゃがみ込んで蟻を眺めている。

「いっそのこと、開き直ってオレはロリコンなんだとか叫んでみるか・・・・・・・

一生、親に孫の顔、見せられないな」

別にそんなことは気にしてないが住みにくくなるのは避けたいトールは真剣に悩んでいた。

想像以上に問題児のシャサ。

まさか、こんなに厄介になるとは・・・

「あの運転手に売っちまおうかな・・・五万でも買ってくれそうだ」

人間としてヤバメな発言をしながらトールは街灯に背をかけて呟いた。

「・・・ん?そういや、シャサ。なんでお前バスに乗ってたんだ?」

「家出したからだよ」

「へぇ、じゃあ。家はシャトレーゼには無いのか?」

「シャトレーゼって?」

「ここ」

「ないよ」

シャサは蟻をじっと見つめながら反射的に答えている。

全て本当だろう。

「って、永遠にお前ん家なんか見つからないだろ!」

シャサの首を絞める代わりに街灯を締め付けながらトールが叫んだ。

「えっ、何で分かったの」

「やっぱ、お前もオレもバカだぁ!!」

同種であることを実感したらしい。

 

「それで・・・親戚が本当にここにいるんだろうな?」

「本当だよ。疑ってるの」

「うん」

「心が狭いね。サイテーだよ」

「そうだね。心が狭いね。サイテーだよ。だから、さっさと金返せ」

開き直ったトールはその程度の精神攻撃に屈指はしない。

底力を発動させたトールは間違いなくガ○ガイガー並みの硬さだ。

「ふぅ・・・実はその親戚はとってもビンボーで・・・」

「じゃあ、行くなや」

「でも、私はとってもかわいいからOK」

「お前を送り返して良いから言ってお金をもらう」

「そんな、人としてサイテーなこと」

「人として当然だ」

今回はどうやらトールが有利にことが進んでいるらしい。

元々、トールのほうが正論を言ってるのだから当然なのだが。

「分かったよ。それでいいよ・・・私のわがままでトールをこれ以上、連れまわすのはかわいそうだもんね」

シャサはうつむき気味に涙目を浮かべ呟いた。

その様子はとてもいじらしく純情な少女そのものだ。

「あぁ、とってもな」

真剣にかわいそうな人になりつつあるトールにそんな攻撃が通用するはずが無い。

心身ともにお疲れモードだ。

「・・・利かないジャン」

シャサは誰かに向かってボソッとつぶやいた。

 

「あぁ、あれ美味しそうだよ」

「美味しいぞ」

「じゃあ・・・」

「絶対に買わん」

 

「あれ、綺麗だね」

「本当だな。目玉が飛び出そうとはこのことだ」

「ねぇ・・・私に似合うと思わない」

「似合うんじゃねえか?そういうことは10年後にでも彼氏に言えや」

「どうせ、十年後に買うことになるんだし」

「ありえないな」

 

「大きいね」

「そうか・・」

「本当・・・すごいそそり立ってる」

「だな・・・」

「ねぇ・・・いっていい?」

「ダメだ」

「なんでぇ〜?」

「言わなくても分かるだろ」

「わからないよ・・・」

「どうやったら俺たち一般市民が城に入れるんだよ」

 

「あぁ、犬だ犬。可愛いね」

「どうせなら美人の犬獣人に会ってみたいぞ俺は」

「スケベだね」

「男なら当然だ」

「男なんだ・・!?」

「何で驚くんだよ?」

 

「小さい子だね」

「同じぐらいだろ」

「あの子、幼稚園児だよ」

「お前もそうだろ」

「私・・・十歳だよ」

「・・・・マジか?」

「摩り下ろすよ」

 

「うわぁ、なんだか賑わってきたね」

「夕食の買出しだろうな。そろそろ、そんな時間か・・・」

トールが言うとおりすでに日は暮れかけている。

先ほどまで青かった空は赤みを帯びていた。

「なんだか、トールの世界から私の世界に変わるようだね」

シャサは太陽に向かって手をかざしながら空を見上げている。

「そして、誰かの世界に変わるのか」

「夜・・・か・・・」

シャサはシンとした様子で呟いた。

まるで何かに怯えるかのような。

「だな・・・って!結局、お前の親戚の家は!?」

「あっ・・・あはは、たどり着かなかったね」

シャサは苦笑いを浮かべるとトールの顔を見上げた。

「いや、一直線の距離なら街を横断する距離は間違いなくあったぞ・・」

「そうかな・・・意外と歩いてないと思うよ。だってそうしたし」

シャサがそう呟いた瞬間にトールはまだ、持っていたタオルでシャサの頭をはたいた。

「どおりで寄り道が多いわけだ!っていうか、シャトレーゼ観光した気分だぞ」

「よかったね。こんな可愛い娘と一緒に回れて」

「嬉しくもなんとも無い」

ため息混じりに呟いたトールは近くにあったベンチに座り込んだ。

シャサもその横に座る。

なんだかんだ言ってシャサは決してトールの横を離れようとしなかった。

可笑しくても悪いやつではないと分かっているのだろう。

誰も知り合いのいないであろうこの街で唯一、心を許せる相手。

そんな風に感じているのかもしれない。

「どうせ、親戚もいないんだろ」

「えっ!なんで分かるの?」

「だぁ・・・本当にバカだな。お前は・・」

「なんだよ!!」

シャサの怒り顔を見ながらトールはシャサの頭にぽんっと手を乗せた。

「何処に行こうとしてたかは知らないが・・・俺はお前が金を返し終わるまで離さないからな。

覚悟、しとけよ」

トールは優しい微笑を浮かべるとシャサの頭をなでてあげた。

親戚も無く、親もいない場所でこんな小さな子が生きていけるとは思えなかった。

人攫いにさらわれる可能性もあるし、騙されて連れて行かれる可能性もある。

いい人にめぐり合って親切にしてもらえる可能性を考えると置いていくなんて事は出来なかった。

出来ればほうっておきたいが、金を貸してると思えばそれほど苦でもない。

「そのかわり、地獄を見てもらうからな」

トールはそういうと飛び上がるようにベンチから立ち上がった。

「えうぅ・・・もう、見てるよ」

「まだまだ、甘い。俺の言う地獄はまさに地獄。ノンストップ苦だ」

トールはまるで少年のような笑みを浮かべながら言った。

茜色の空の中でも栄え渡る青はそこだけいまだに青空が広がっているようだった。

「・・・変な人に捕まっちゃったな」

シャサはため息を吐いた。

だが、言葉ほどに嫌そうな顔はしていない。

「んじゃ、行くか」

「・・?何処に?」

「オレの親友のところ」

トールはそういうと歩いていこうとした。

だが、シャサは一向に動こうともしない。

「・・・かっこつけといて付いてきてもらわないとすごく情けないんですけど」

トールは立ち止まり振り向いた。

「歩けない・・」

「はい?」

「疲れて動けないよぉ・・・」

「・・・で?」

「おんぶ」

 

街灯が照らすレンガ造りの道を青い髪の青年が赤い髪の少女を背負いながら歩いている。

一見すれば遊びつかれた妹を家路へ連れ帰る優しいお兄ちゃんに見えるだろう。

だが、実際は違う。

「なんで、オレが・・・」

「愚痴ってばっかし」

トールはシャサを背負うのが相当、不遇らしくぼやいてばかりだった。

「ほらほら、胸当たる?」

「はっ?どこら辺が?」

「ほらほら!」

「どんなにがんばってもてめえに胸なんざねえよ」

トールが主張するとおりシャサの体はツルペタで胸があたるわけが無い。

「むぅ・・・」

「ガキの子守で一日費やした・・・」

「ガキじゃないよ!」

「何処が、どこが、何処が!」

なぜかキレ気味のトールには反論できずシャサは押し黙ってしまった。

なんだかトールとシャサは精神的なマウントポジションの取り合いを続けている。

「そろそろのはずだけどな・・・」

トールはそう呟くと手に持っているメモ用紙を見た、

そこには簡単な地図が描かれている。

その真ん中に赤いしるしでバトォMR研究所と書かれていた。

 

 

バトォMR研究所

そこはその名のとおりMR=メタルレプリカの研究を行うところである。

メタルレプリカとはかつて、この大地を支配していたと言われる最強の種族【機鋼】を

模して作られたとされる人の最強兵器だ。

圧倒的なパワーで大地を駆け、空を飛び、強力な武器を巧みに扱う。

魔法や邪術に対する圧倒的な耐久性を持っており世界で一番安全な場所とも言われるほどだ。

この研究所はシャトレーゼはおろか大国であるエアーズやブリュガスすらも目を置く

屈指のMR研究家バトォ=ザイが創設したものである。

その為にここに所属するもののほとんどがどんな王立機関でも即採用するような優秀な人物が集まっていた。

その中で若干16歳という若さでバトォに弟子入りした少年がいた。

彼の名はラスク。トールの親友である。

 

「よぉ、ラスク。今日はお前の友達が来るんじゃなかったのか?」

研究所の先輩が図面を広げているラスクの肩を叩く。

「違いますよ。親友です」

「それはどうでもいいんだがよ・・・もう、随分な時間だぜ」

その研究員が言うようにすでに時計は九時を切っていた。

「ですねぇ。多分、何か厄介ごとにでも巻き込まれてると思いますよ。そういう奴ですから」

ラスクはまるで少女のような微笑を浮かべ答えた。

華奢な体に整った顔立ち、目は大きく、線も細い。女物の服を着せて女ですといえば

百人が百人共に信じてしまうほどに彼は女の子っぽかった。

というか、実際の女性と比べても間違いなく勝てるぐらいに。

「面白い親友を持ってるみたいだな。そいつ男なんだろ」

「はい」

「幼馴染で家が隣同士・・・部屋の窓と窓が向き合ってる?」

「何で分かるんですか?」

「おいおい・・・」

研究員はマジかよという表情で苦笑いを浮かべた。

「その親友はさぞかしお前が女の子ならよかったのにと思ってるだろうよ。性別だけでも」

研究員はそういい残すと去っていった。

「・・・女ねぇ。トールは・・ありえるかもな」

ラスクはそんなことを呟くと椅子から立ち上がり伸びをした。

体がなまっているのか間接がコキコキと音を鳴らしている。

「くぅ〜・・・ちょっと外の空気でも吸って来るか」

ラスクはそう呟くと肩をぐるぐると回しながらドアのほうへと歩いていった。

 

ドアを開けるとひんやりとした外の空気が流れ込んでくる。

暖かくなって来たといってもまだまだ、夜は寒い。

息が白くならないだけでもマシだし、ここらへんはそれほど寒くはならない。

頭をすっきりとさせるにはちょうど良いぐらいの温度だった。

「もう少し空気が美味しければもっと集中できるんだけどなぁ」

ラスクは自分が昔住んでいた田舎サンズ村を思い出していた。

16歳の時に思い立ったようにここに弟子入りして早2年。

それ以来、トールとは手紙のやり取りはするが実際に顔を合わせたことは無かった。

突然、上京すると言って来た時は驚いたが久しぶりに会えると思うと嬉しいらしい。

顔が少しほころんでいる。

そんなラスクの目の前に見慣れた青い髪と青い瞳が揺れていた。

それは何か赤いものを背負っているらしい。

それはラスクに気づくと少し速度を上げて寄ってきた。

「すみません。うちはロリコン立ち入り禁止です」

ラスクは手を差し出して言い放った。

「そんなことを言わずに入れてくださいよ。世間の冷たい目に凍えて死にそうなんです。

一晩、せめて一晩でもいいんです。夜風さえ防げて誰も覗けない場所なら」

「だったらラブホテルにでも行けばいいでしょう。ここは神聖な場所ですよ」

「憲兵を呼ばれてしまいますよ。そこをなんとか」

「そのまま捕まって一生出てこなければ良いと思いますが」

「そんな殺生な・・・」

トールはよよよと泣き崩れた。

先ほどからトールの背中にて一部始終を聞いてたシャサが呆れ顔で呟く。

「コント・・?」

トールはシャサを下ろすと上半身ひねり運動を少しした。

「あぁ、重かった」

「重くないよ!」

シャサの主張どおり全く重くなかったがここでそういうのは一種の礼儀だ。

本当に重い人にはそうそう言わない。失礼だから。

「それより誰だ?」

ラスクはシャサを指差して尋ねた。

まさか、親友がいきなりこんな小さな娘を連れてくるとは思わない。

「まさか・・・誘拐してきたの?いくら、可愛いからってそれは人としてしてはいけないことだよ」

「違うぞ。買ってきたんだ。一万で」

確かに金を肩代わりしてつれてきたんだから買ったと言っても良いかもしれないが・・・

「そうか・・・前からダメな奴だと思ってたけどそこまでダメだったか・・・天国の父さんと母さんがないてるぞ」

「本当に天国にいれば良いけどな・・それに見てても笑ってると思うぞ」

トールはしみじみと感じながら呟く。

「・・・誰?」

次にシャサがラスクを見て尋ねた。

先ほどから見せるボケとボケとのエンドレスワールド。

はっきり言ってみてるほうも変な世界に迷い込んだ気分になる。

「あぁ!トールの彼女さん。へぇ、こんな可愛い彼女がいたんだトール」

シャサは自信満々に言い放った。今のは鋭かったぞと大見得を張ってまでいる。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

その言葉にトールとラスクは完全に押し黙ってしまった。

どこか遠くを見ているようなそんな虚ろな瞳をしている。

「ど、どうしたの?」

違ったのかなと思いながらシャサは尋ねる。

「いや、そういう風に間違われるの・・・何回目かなとおもってな」

「15、6回は数えてたけど・・・何回目だっけ」

どうも、シャサの答えは二人にとっては日常茶飯事だったらしい。

確かにラスクの容姿なら少女に間違えられても可笑しくないし、傍から見ればお似合いだ。

だが、そんなオーラが出てるのか?と二人は本気で心配してたりする。

「いや、俺たちはただのお友達だよ」

「そうそう、それに僕は男だから」

「えっ!?嘘、女の人じゃないの!」

「それはなれたよ」

ラスクは悲しそうな瞳を浮かべながら呟いた。

 

「はい、コーヒー。シャサちゃんにはホットミルクだよ」

ラスクは持ってきた飲み物をトールとシャサに渡した。

完全にくたびれてたトールとシャサはラスクの部屋に上がりこんでくつろいでいた。

ラスクはバトォMR研究所の寮に住み込みで働いている。

ここでは研究員にそれなりの広さの部屋を一人一人に貸し与えているのだ。

「サンキュー」

「わぁ、ありがとうございます」

トールとシャサはそれぞれ飲み物を受け取ると口に運ぶ。

「散らかってたけどどうにか座れたみたいだね」

ラスクがそういうとトールとシャサはそれぞれ、自分の横を見た。

そこにはトールの背と同じぐらいに積み上げられた本の塔が存在している。

ちなみにトールは成人男子でも背は大きいほうだ。

「本当にどうにか・・なんだが」

「だねぇ、それともう一つ悪いニュースが」

「なんだよ・・・」

嫌な予感を感じつつトールは尋ねた。

「空き部屋が一つしかないんだ」

「それじゃ、そこにシャサを寝かすか」

「いや・・・トール。ここに寝る気?」

ラスクが尋ねてトールは改めて辺りを見回す。

座ってるのが奇跡だ。

「それじゃあ、シャサをここに寝かせてオレとラスクで空き部屋に行く」

「あっ僕やらなきゃいけない仕事があるからここ使うんだけど・・・」

静寂が部屋を支配する。

誰も一言も話さない。ただ、するは息のみ。

まるで他人の鼓動まで聞こえてきそうなほどに静かだった。

「つまり・・・オレとシャサは同じ部屋」

「だね」

ラスクの肯定する動きを見てトールはけりを食らわせたい気分になる。

「えぇ!やだよ。なにされるか分からないよ!トールは外で寝てよ」

「冗談じゃねぇ!てめえが外で寝ろ!」

「い・や・だよ!」

トールとシャサは長年の宿敵に出会ったかごとくにらみ合っている。

そんな二人をラスクがまぁまぁとなだめていた。

「でも、仕方ないよ。それにトールはそこまで倫理を犯した人間じゃないし」

ラスクがそういうがシャサは疑心に満ちた目でトールをにらみつける。

「むしろ、オレが犯される」

「??」

「いや、俺が悪かったです」

犯すという意味が分からないシャサにトールはすでに自分が穢れていたことをしった。

「トールが自分自身を見直せて良かったとして。さっさと二人ともお風呂に入って勝手に寝て。

僕は忙しいんだ」

ラスクはそういうと二人を部屋の外に追い出すとバタンと勢いよくドアを閉めた。

 

「風呂ったって何処にあるんだよ・・」

「さぁ?」

トールとシャサは途方にくれながら仕方なく。

「よっす」

その時、いきなり背中を叩かれトールが振り向いた。

白衣を着た、どうやらここの研究員らしき男らしい。

「あっこんばんは。お邪魔してます」

トールは客人なので大人しめな挨拶をかました。

「こんばんは。君がラスクの幼馴染のトールくんかい?」

「えぇ、そうです。何時もラスクがお世話になってます」

「いやいや、あれほど出来た後輩はいないぞ。それにしても・・・神が不平等だとは良く言ったものだ」

その研究員はトールの顔をマジマジと見つめながら呟いた。

「はい?」

「いや、なんでもないさ。それよりもどうした?」

「いや・・・風呂に入れって言われて追い出されたんですけど」

「そうか、風呂場はこの通路のつきあたり右に行ったところにあるぞ」

「あっ、ありがとうございます」

トールは一礼するとさっさと入ってゆっくりしようと歩いていった。

「あっそうそう。後10分で消灯だから」

研究員はそれだけ言い残すと去っていった。

そして、二人は呆然と立ち尽くす。

 

「絶対、こっち見ないでよ!!」

シャサが湯船につかりながら顔を真っ赤にして怒鳴っている。

「見るなと言われれば見ないよ。ていうか、見ても何か変わるわけでもないだろ」

トールはシャンプーを泡立たせながら言い返した。

後少しで消灯と言われ二人は強硬手段に講じた。

すなわち二人で一気に入って時間を有効に使うということだ。

さすがに10歳となれば異性に裸を見られるのに抵抗があるらしくシャサは顔を真っ赤にしている。

トールはというと別に興味がないので平然としていた。

流石にそれを無視して見ると変態と罵られ痛い目にあいそうなので見てはいない。

「早く、変わってよ。時間が無いんだよ」

「分かってるよ。それよりも一人で洗えるのか?」

「あたりま・・・・・・」

「ん?」

トールは体についた泡をシャワーで洗い流すと立ち上がった。

「終わったぞ」

トールがそういうが一向にシャサは湯船から出ようとしない。

「おい、時間ないぞ。俺も湯船に浸からせろ」

「・・えっと・・・こっち向いても良いよ。それで体、洗ってほしいな」

「はっ?」

「だから・・一人じゃ体が洗えないから、洗ってくださいって言ってるんだよ」

シャサは恥ずかしそうに顔を赤くして言った。

「マジか?体は小さいけど一応、10歳だろ。そんぐらいの年なら一人で風呂ぐらい」

「えうぅ・・ずっと、お婆ちゃんに洗ってもらってたから・・」

「ふぅ・・甘やかしすぎだろ。分かったよ。とっととあがって来い」

トールはしかないと思いそういうとタイルの上に膝をついた。

シャサは恥ずかしそうに湯船からあがると椅子の上に座る。

「あれだな。お前、お婆ちゃんっ子か」

トールは栓をひねって少しぬる目のお湯を調節して出した。

「うん、そうだね。お母様よりもお婆ちゃんのほうが好きだよ」

「ふぅん、お湯かけるぞ」

トールがそういうとシャサは目をつぶった。

お湯がシャサの赤い髪を濡らしていく。

髪を解いたシャサの髪は腰まで届くほどに長かった。

髪の量も多いため前のめりたらしていると赤いお化けのようだ。

「オレも一人婆ちゃんいるけど・・・いい思い出ないなぁ」

トールは栓を閉めるとシャンプーを手に取りすり合わせる。

「そうなんだ・・・私はそれ以外にいい思い出ないよ」

「髪、洗うぞ」

トールはそういうとシャサの髪に手をかけた。

だが、長い髪は短い髪とは勝手が違う。

トール自身も男にしては長い髪だがシャサのこれは別格だ。

こうなると相当、洗うのも大変になる。

それになるべく痛くないように気をつけて洗っているから中々、思うようにいかない。

「まぁ、いい思い出なんて今から作れば良いだろ。今のこれだって何年かたてばいい思い出だ」

「そうだね・・・うん、トールといると面白いよ。今日だけで今までの人生分、楽しかった」

「大げさだな。まぁ、オレといると飽きないとは言われたことはあるが」

「本当だよ。でも、疲れたけど」

「疲れないのなんて本当に楽しいとは言わないんだぜ。充実するからこそ体力は削られるのだ」

「そうなんだ・・・じゃあ、やっぱり今まで楽しいことなんかなかったんだな」

「いや、これはもののある一方面の見方であってだな・・まぁ、いいか」

トールはそういうと栓に手を伸ばし開けた。

シャワーの口からお湯が噴出す。

それはシャサの髪についた泡を洗い流していった。

「人生、これからだぜ。お前、若いんだし。オレも若いけど。まぁ、短い間かも知れないけど

オレといる間は楽しいことを保障してやるよ」

トールは丹念に髪の泡を落としていく。

「・・・それじゃ、私、トールとずっと一緒にいたいな」

「そりゃ無理だろ」

「何で?」

「親のところに何時かは帰らないと。家出がすげぇ悪いとは言わないけどさ。俺もやったことあるし。

でも、それでも最後はやっぱり親の所に帰らないと」

「そうだよね・・・何時かは帰らないといけないんだよね」

トールが栓を閉めるとシャワーが止まりお湯が切れる。

「まぁ、お前の気が済むまでは付き合ってやるよ」

トールがそういうとシャサは勢い良くトールのほうへと振り向いた。

濡れた赤い髪をたなびかせまるでその姿は幻想の妖精のような美しさを持っている。

「本当!?」

「あ・・あぁ・・・」

トールはいきなり振り向かれて少し戸惑う。

背中よりも見られるとヤバイだろうに・・・

トールの視線は自然と下にいってしまう。

男の本能なのだろうか、すぐさま目線を戻したが

その先にすごい目つきで睨んでくるシャサの真っ赤な瞳があった。

「・・・・・」

「いや、不可抗力というか、遺伝子の罠というか・・・」

「・・・・・・」

「というか、お前が前を向いて・・・」

「・・・・・・」

「すまん」

「ゆるすかぁ!!」

シャサの全てをえぐりとらんと言わんばかりの強烈なスクリューアッパーがトールの顎にヒットした。

トールはその勢いに引っ張られそのまま浴槽の中にダイブする。

 

 

「いや、マジ。死ぬかと思ったぞ本当」

トールは青い顔をしながら部屋の床に座っている。

何とか意識が途切れなかったから良いものの途切れてたら間違いなく死んでいた。

そして、あの威力は途切れても可笑しくは無かった。

生きてることを実感しながらトールは砕けたのでは一瞬思った顎をさすっている。

「女の子の大事なところを見るからだよ!」

シャサは完全にご立腹だ。

まぁ、当然といえば当然だろう。

「にしても・・・だ」

トールはベッドの上に座るシャサの姿を眺めながら口を開いた。

「どうにかならないのかその格好」

トールは呆れた表情でシャサの姿を見ていた。

「そうだよね・・」

シャサは男物のYシャツ一枚といういでたちだった。

なんでこうなったかというとシャサが一切合財着替えを持っていなかったことが問題だった。

一度は完全に濡れた衣類だ。

現在は洗濯してもらうべくかごに入っている。

そこで着替えを探してたわけだが・・・男しかいない、この寮に幼女者のパジャマがあるわけが無い。

むしろ、あったら恐い。

仕方なく、何かと探したら誰が言い出したのか差し出されたのがこれだった。

「何を狙っているんだ?」

「えぅ?私はスナイパーじゃないよ」

「いや、そうじゃないんだが・・」

確かに艶姿なのだろう。だが、幼女だ。

トールも嫌いじゃない。むしろ、好きなほうだ。だが、幼女だ。

「(欲情するのは無理だし、ダメだし、やれるかよ)」

そういうことを考えててもしょうがないが・・・

普通の女性とこういうシチュエーションになれば狼にならない男のほうが少ないだろう。

トールはならないほうに分類されるが。

「んじゃ、とっとと寝ますか」

トールはそういうと何処からか引っ張り出してきた布団の中にもぐりこんだ。

すでに消灯時間が過ぎているのですごく静かだ。

多分、ラスクみたいに仕事をしている奴らがほとんどなのだろうが集中しているのだろう。

全く、声は聞こえない。

「そうだね。おやすみ」

シャサもベッドにもぐりこむと目を閉じた。

闇は人に恐怖を与える。それと同時に安らぎも与える。

少女の疲れきった体は安らぎを求めて闇へと適応していく。

まどろむ意識の中で少女は呟いた。

「・・トールとずっと一緒にいられますように・・・」

 

 

 

 

次へ  一覧へ