「うわぁ、凄い盛り上がってるね」

シャサはあたりを見回しながら呟いた。

プラスチック製の椅子に座りながら喧騒に包まれながら赤い髪を揺らしている。

「まぁ、イベントの少ない国だからね。マジのMRの試合なんてほとんど無いわけだし」

横に座っているラスクはオレンジジュースを片手に持ちながら呟いた。

「でも・・・ラスクは行かなくていいの?」

シャサは不思議そうな表情でラスクの顔を見上げていた。

「何が?」

「だって、他の人たちは自分のメタルレプリカの最終調整をしに控え室に行ってるんだよ。

ラスクはバーンの最終調整しなくていいのかなって」

不安そうな表情でラスクの顔を見上げている。

「あぁ、第一試合が終わったあとには行くよ。だって、試合は観客席で見るのが一番燃えるじゃん。

だって、僕のバーンの強さに周りの人が唖然としたり驚愕したり騒いだりするんだよ。フフフフ」

マジで嬉しそうな表情で呟いた。

もはや、驚かれることは確定しているらしい。

「ふぅん、まぁラスクなら大丈夫だよね」

「そうそう」

二人は笑いあっている。

「さすがというかなんというかのぉ・・・余裕じゃのう」

バトォはその横で呆れ顔をしていた。

「そんな余裕だなんて・・・超余裕と言ってください」

不敵な笑みを浮かべてラスクはいいのけた。

「超余裕〜〜」

シャサもつられて浮かれている。

「それよりもあの小僧は大丈夫なのか?MR戦はやったことがないとか言っておったが」

「どうにかなると思いますよ。だってトールだし」

「トールだし〜〜」

シャサのテンションは最高潮まで達しようとしている。

「たいした信頼じゃのう。まぁ、後はなるようにしかならんからのぅ」

バトォはリングの中央を見据えて呟いた。

 

円形で戦場を囲むように設置された観客席にはバリアが張られている。

それにより観客の安全を保障しなおかつ臨場感を味合わせるわけだ。

その中心で二機のMRが戦いあいトーナメント方式で最後に残った8人のみが入隊できる仕組みになっている。

参加者は32人。四人に一人は受かる可能性になっている。

その参加者は国内外関わらず自分の腕に自身があるものが集まってくる。

中には歴戦の猛者たるものも存在しており波乱を巻き起こしたりしている。

 

そんな戦士たちが集まる中、一人の青年が自分の愛機を見上げていた。

青い髪と空色の瞳。

トールは来るべき戦いに胸を躍らせていた。

自分の実力がどの程度かがはっきりする。

それは長年の気がかりであった。

自分は強いのか否か。

その答えがもう直ぐ明らかになる・・・

「行こうぜバーン。最強なんて道は目指さない・・・だが、やるなら全力だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機 鋼 神 王

第一章

〜戦士、立つ〜

第四話

青い稲妻

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トールの第一試合は一番最初となっていた。

シャルドゥの推薦ということで一番最初に試合となっているらしい。

噂の青年を早く見たいという皇王のわがままということは出場者は知らないが。

「一番最初か・・・いいねぇ、そういう待ったなしの雰囲気」

トールは臨戦態勢に突入している。

胸の奥から沸き起こる衝動が自分の体を全て燃やしてしまいそうな感覚を受けている。

やりようの無い感情が爆発してしまいそうだが必死にこらえている。

そんな、トールの姿を他の出場者たちはずっとにらみつけていた。

突然、シャルドゥの推薦を受けて出場することとなった謎の青年。

今までの経歴は一切不明。なんの功績も持たず特殊な生まれにも見えないただの青年が

筆記試験をパスしてここにいるのが腹ただしくてしょうがなかった。

そして、同時にそれ以上に警戒もしていた。

どんな力を持っているかは不明なのだ。

もしかしたら恐ろしく強いのかもしれない。

警戒するに越したことは無いのだ。

そんな視線を背中に受けながらもトールはまるで気にしていない。

他人の視線などはさほど気にしないのもあるがそれ以上に高揚がそれをかき消していた。

「さぁ、いこうぜバーン。もうすぐだ」

 

「まだ、試合は始まらんのか?」

皇王ゼンは主賓観戦室にて横にいるロイヤルガードに尋ねた。

その表情は祭りを目の前にした子供の表情そのものである。

「はっ、後五分ほどで第一試合が始まるはずであります」

既に開会宣言などのもろもろのプログラムは消化し後はメインである試合が始まるのを待つばかりとなっている。

観客席でも試合はまだかまだかと盛り上がっている。

シャトレーゼ最大の祭りとも言われるこのトーナメントを楽しみにするものは少なくない。

「お父様、子供ではないのですから落ち着いてください。試合は時間になればきっちり始まります」

レイが子供をしかる先生のような感覚で注意をする。

「じゃがな、シャルドゥが推薦したというトールという男がどんなものか気になってしょうがないのだ」

ゼンは挑みかかるような視線でシャルドゥのほうを見た。

ゼンの威圧を直接受けているシャルドゥは平然とした顔で受け答える。

「まぁ、それは試合を見てからのお楽しみというものです」

実際にトールの実力も何も知らないのでシャルドゥ自身も見てからのお楽しみなのだが。

台詞的にはいかにも知ってます的なニュアンスが含まれている。

「ほぉ、確かにその通りじゃな。百聞は一見にしかずというしのぉ」

ゼンは蓄えた髭をさすっている。

「だが、シャルドゥよ。本当にそいつは強いのか?何でもいきなり街でアイスをぶつけてきただけの

男だって話じゃないか」

皇国軍大隊長ラルフ大佐がシャルドゥをいぶかしげな目で見た。

明らかにその瞳には敵意が宿っている。

竜殺しの英雄シャルドゥと最強の兵士ラルフは昔からのライバルでありお互いに嫌いあっていた。

ライバルといっても心地よいものでなくただ単に自分の将来に邪魔なだけの存在なのだ。

双璧の英雄と呼ばれその呼び名の通り対極に位置している。

現在はシャルドゥがレイと結婚することにより完全に差をつけられラルフは憤慨している。

その為にシャルドゥの弱みになる情報を必死にかき集めているのだ。

トールに関してはラルフはこの男の評判を落とすチャンスだと考えていた。

普通に考えてシャルドゥの行動は可笑しすぎるのだ。

英雄だからの一言で片付けられているが、トールの推薦は何の根拠も無いトーナメントの妨害以外の何者でもない。

「きっかけなんて些細なものですよ。私はあの青年の瞳の奥に流れる熱い情熱に打たれただけです」

まともそうな反論をするシャルドゥ。その表情は完全に余裕で満ちている。

もし、トールがぼろぼろに負けようがどうにかする自身はあるのだろう。

だから、誇大な宣伝をせず受け流すようなことしか言っていないのだが。

「けっ、食えねえ奴だな」

「ラルフ大佐。ここは皇王の御前だぞ。口調には気をつけろ」

「分かっておりますともシャルドゥ次期皇王殿」

毒のある物言いでラルフは口をつむいだ。

険悪な空気が貴賓室を流れる。

「あっ、もう直ぐ試合が始まりますよ」

今までずっと眠っていたメルがビーンに起こされ目を覚ました。

そのゆっくりとした口調で柔らかい声がそれだけでその場の空気を和ませていく。

「おぉ、起きたのかメル。そうじゃな、今日は年に一度のお楽しみじゃ。楽しまねば」

ゼンはそれに頷いて娘の頭をなで上げた。

同い年の少女たちよりも小ぶりな少女は嬉しそうな表情で笑顔を見せる。

「あぁ・・・私は試合よりもメルの笑顔を見るだけで幸せだわ」

光悦な表情でレイはメルの笑顔を見つめている。

「レイ様、鼻血が」

侍女王がすぐさまハンカチを差し出している。

「・・・この国の真の支配者はメル皇女様なんじゃないか・・?」

ラルフは二人の皇族の行動を見てそう思った。

その意見にはその場にいる全員が心の中で頷いている。

 

「長らくお待たせいたしました。これより第323回皇国軍選抜大会第一試合を開始します」

皇国軍選抜大会は皇国軍に入る上で必ず通る必須試験である。

現在では大掛かりなイベントと化しているが昔は実践さながらのテストだったらしい。

現在では国が安定し他国との戦争が遠ざかっておりそういう意味合いもなくなってきていた。

だが、それゆえにMRの戦いを見ることの出来ぬ国民たちの要望にイベントだけは毎年盛り上がっている。

平和な時でもMRの力が必要となっているというのはなんとも皮肉な話ではあるが。

シャルドゥもラルフも例に漏れずこの大会により皇国軍に入っている。

ルールは簡単、一対一で持ち合ったMRによる勝負し勝ったほうが駒を進める。

射撃武器は一切使用禁止。それは皇国軍の精神である飛び道具を使わないという理念の下に決まっている。

もちろん人殺しはダメなのでコックピットへの直接攻撃は禁止。

もし、当ててしまった場合は問答無用で失格となる。

相手を戦闘不能にさせれば勝利。それが物理的にであろうが精神的にであろうが関係は無い。

敵の四肢を奪って動けなくさせようが圧倒的な威圧感で降伏させようが問題は無いのだ。

 

「第一試合、龍の方角竜殺しの英雄の推薦を受け突如現れた青年トール!!」

視界のアナウンスとともにトールが愛機であるバーンに乗りリング上へと現れた。

それと共に観客席の歓声が最大ボリュームではじき出された。

割れんばかりの人々の声は一つの音となり会場を埋め尽くしている。

空気の振動は直接空間へと張り詰めそれは異様なまでの威圧感になっていた。

「うわぁ、凄い声だね。アナウンスの人の声がほとんど聞こえないよ」

シャサは耳に指を詰めて小さくなって丸まっている。

その姿はまるで怯える小動物のようだ。

その横でラスクはこの会場内でも最も騒いでいる。

「うぉおおおおお!いいぞぉ、ぶっこわせぇ!」

「人が変わってるよぉ・・・」

少女のような少年のリミッターははずれハイパーモードに移項している。

今にもオーラがあふれ出してしまいそうだ。

ラスクには魔法の素養は無いがもしあったら最大級の魔法でも使えそうな勢いだ。

 

「ったく・・・ラスクが何処にいるのか直ぐに分かるぞ・・・バーンの最終調整ほっぽいて観戦なんざ

いい身分だね。まったくよぉ」

トールは自分に浴びせかけれている期待の声をよそに呆れた表情でラスクのいる方角を見ている。

トールにとって観客など意味を成さないものだ。

別にエンターテイメントをしようとしているわけではない。

今からすることは真剣勝負だ。

観客のご機嫌を伺って戦うなどという器用な真似をトールはしようとも思っていない。

「さて・・・オレのお相手は誰かな」

今から目に移すものはただ一点。己が戦うべき敵のみ。

 

「英雄の推薦を受けたからといい気になりおって・・・ゆるせんな」

傭兵上がりの中年ゴローズは憤慨していた。

昔からああいうちゃらちゃらとしたのりの奴は気に入らない。

そういう場違いな奴らを戦場で何回も叩き潰してきた男は指を鳴らした。

家庭を持ち傭兵という不安定な職種から安定した職へと移る最初の壁がこれかと思うと気が抜ける。

「まぁいい、全力で叩き潰させてもらうぞ」

巨大な斧を持ったMRが一機、リングの上へと上った。

 

目立ったところは巨大な斧だけだとトールは感じた。

刃もでかいがそれ以上に柄が長い。

遠心力を利用して振り回した場合、相当な威力になるだろう。

バーンの装甲なら紙のごとく切り裂かれてしまうだろう。

まぁ、もし当たればの話しだが。

「えぇっと名前はなんだっけ・・・まぁ、いいか」

歓声のせいで名前は聞こえなかったが問題は無いだろう。

別に記憶しておく必要性など感じないからだ。

トールはレバーに手を、フットペダルに脚をかけ前項姿勢へと移項する。

そえているだけなのでバーン自身は動いてすらいない。

相手は既に斧を構えて戦うきを全身から放っている。

火蓋はゴングによって切り裂かれる。

この瞬間だけ異様なまでに歓声が鳴り止み静寂が空間を支配している。

ありとあらゆる事象が感じられるのではないかというほどに空気は張り詰めていた。

そして、その空気に一つの衝撃が放たれる。

金属音はトールの鼓膜に到達すると同時にトールの両腕が動いた。

その反応速度は音が聞こえたと感じるよりも前に腕が動いている。

審判すらも気づけぬほどに微妙なタイミングでのフライング。

その瞬間勝負は決していた。

 

一瞬、バーンの姿がリングの上から消えたような錯覚を受ける。

だが、消えたのではないあまりにも元の位置を凝視していたために目が急激に加速したバーンに

追いついていかなかったのだ。

集中力が完全にあだとなる。

脳の理解範囲を超えた加速性の前に集中力という鎖は完全に裏目に出た。

既に青き機体は斧の使用範囲の中へと入り込んでいる。

これでは長い柄は逆に邪魔なだけだ。

だが、そんなことを考えるよりも先に斧は宙に投げ出されていた。

いや、斧だけじゃない肩の付け根から先が全てなくなっている。

バーンの手の先に鈍く光る小ぶりの獲物が握られていた。

 

火花が散った。腕が空を翔る。

観客の視線は全てそこへと吸い寄せられた。

次の瞬間にはリングの上に立つ機械の巨人はただ一機となっていた。

あまりにも唐突な出来事に誰も何も反応すらも出来ていない。

ただ一人、予想していたラスクを除いては。

「予想通り。もう少し早いぐらいが希望だね」

ラスクはいつの間にか手にしていたストップウォッチのスイッチを押した。

その液晶には2の文字が浮かび上がっている。

横のシャサは口をぽかんと開けて硬直しているだけだった。

他の観客も似たような状況だ。

「まぁ、コックピットが狙えれば一秒を切れたね」

ラスクは嬉しそうな表情を浮かべ耳栓を耳に詰め込んだ。

 

突然、爆発が起こったかのごとく歓声が上がった。

それは一つの音となっている。

間違いなく一種の爆発といっても過言ではないだろう。

音の伝わりを制御し伝えるMRの中でもそれはうるさいぐらいだった。

そのとき、トールは初めて観客の存在を意識する。

というか意識せざるを得なかったというべきか。

「五月蝿い・・・が、まぁ悪い気はしないよな」

トールは口端をニッと上げて微笑んだ。

こみ上げるような衝動が胸の奥からほとばしる。

歓喜、勝利への喜びが肉体を駆け巡る。

拳に力が入り腕全体に力が入っていく。

「っしゃぁ!」

思わずトールは叫んでいた。

そうでもしないと自分の体が歓喜に破裂してしまいそうだったから。

 

「これは一体何が起こったのか!?おそらく、会場にいる誰もが理解していないでしょう。

ただ、いえることはただ一つ、勝者!トール。まさに電光石火。まさに稲妻。

シャトレーゼに落ちた青い稲妻だぁぁぁぁぁぁ!!」

司会がマイクを片手に叫びを上げる。

機械により増幅されたその音は会場内をくまなく満たしていった。

青い稲妻。ここより発せられたその言葉がいずれ世界中で呼ばれることになることを

誰も知らない。

だが、誰もが納得していたその呼び名に

まさしくそれは青い稲妻。

そう呼ばれれば誰もが否定することは出来ない。

まさにトールをバーンを言い表した言葉だった。

 

「マジかよ・・・あれが素人の動きだって言うのか・・」

ラルフはふんぞり返っていた椅子から飛び上がり驚愕していた。

今でも信じられない。

あのスピード、そしてそれを操るドライバーの操縦技術。

どちらも圧倒的なまでに驚異的だった。

ここまで限定された空間内では自殺行為に等しいほどの加速力だが完璧に操れるならば

それは最強の武器となる。

目に追えぬスピードによる一撃は防ぐ手立てを相手に与えさせない。

「面白ぇ・・・面白ぇじゃねえか。とんでもない拾い物をしたじゃねえかよシャルドゥ!」

ラルフはその瞳をギラつかせシャルドゥを見た。

シャルドゥも唖然とした表情で会場を見つめている。

あまりにも予想範囲外のことだったのだろう脳が追いついていないようだ。

その表情に更にラルフの笑みが増える。

「最高だぁ。最高だよあいつは・・ははははぁ!」

ラルフは両手を高く突き上げたか笑いを上げた。

 

「凄く強いですね。流石はシャルドゥさんの見抜いた人です。何があったのか良く分からなかったけど」

メルはとにかく喜んでいた。

事情が分かっているわけではないのだろう。

ただ、ここらへん一体が歓喜の渦に包まれ、更にそれに包まれているのが心地よいのだろう。

他人の幸せがそのまま自分の幸せへ

他人の興奮がそのまま自分の興奮へと代わっているようだ。

今のその表情には病の影は一切感じられなかった。

「…………」

その表情を見つめているビーンは無言で頷いた。

「喜んでるメルの顔もいいわぁ・・・」

レイは獲物を舌なめずりしている肉食獣のごとき眼でメルをなめるように見ている。

今にも襲い掛かって食べてしまいそうだ。

「レイ様、皆様の目の前で萌えないでください」

侍女王がレイの耳元でささやくように釘をさした。

その言葉にレイはわれに返ってまじめな顔に戻る。

そして、辺りを見回すがどうやら、誰も気づいていないようだ。

「ふぅ・・・全く、反則的な強さですわ」

レイは一息ついて落ち着くとそっと呟いた。

「えぇ、あの機動性はまさに反則的ですね」

その呟きが聞こえたロイヤルガードの一人が受け答えをする。

それにレイは一瞬、びくりとするが話がつながっていることに気づき安堵のため息を漏らす。

「えぇ、そうですわね。皇国軍に入ればさざ頼もしい存在となりますわね」

レイはありきたりの台詞を言ってなんとか難を逃れる。

本当に強いと思ったのはメルの萌え力なのだがそんなことがばれるわけにはいかない。

威厳と尊厳が一気に失われてしまうからだ。

妹を襲おうとするような皇女では国民からの信頼など得られるはずも無い。

まぁ、実際に襲うわけは無いのだが。

 

「当然だな」

ラスクはトールと顔を合わせるなり言い放った言葉がそれだった。

「労いの一言ぐらいいえないのかお前は?」

「言ってほしいの?」

「いや、別に」

トールは疲れてもいないし苦労もしてない。

ただ、単にちょっと動かしたという程度のことでしかなかった。

あの程度なら朝飯前だ。

だからというわけではないがトールは労いの言葉など求めていない。

「どうせならもうちょっと派手に倒しても良かったんじゃないか?」

「派手って・・・血飛沫舞い上げて狂い踊るぐらい?」

「どうせなら、リングを粉みじんに吹き飛ばすぐらいは・・・」

「出来るか、ボケ!」

トールはツッコミを入れるとすたすたと歩き始めた。

「何処行くんだ?」

「トイレ(大)!」

トールは恥ずかしげも無くそう言い切ると微妙にすばやく歩いていく。

「それじゃ、僕はちょっと調整でもしておくかな」

ラスクは手暇になったので作業を開始する。

曲がりなりにもあれだけ馬鹿げた機動性を発揮したのだ少しぐらいの問題は出ているだろう。

いくら、MRの間接が人間以上に柔軟に出来ているとはいえ。

 

トールは大量の人だかりの前に立っていた。

これが全てファン

といえればかっこいいのだが全く違う。

全てトールと同じ目的・・・

つまり、トイレにやってきた人たちなのだ。

「なんでこんなに大盛況・・・?」

食中毒でも発生したのかと思いつつトールはきびす返しに帰っていった。

とてもじゃないが待っている気が起きないどこか別のトイレを探すことにしたのだ。

まぁ、別のトイレがあいてるならこんなに混むとも思えないが。

それでも絶望的なまでに続く行列の尻尾についていくよりは遥かに有意義に思えた。

待っていれば次の試合が始まりかねないのだから。

 

廊下をひたすら闊歩しているトールの目の前に見覚えのあるシルエットがいた。

もはや、見間違える気が起きないほどにトールはそいつのことを知っている。

「シャサ」

何故か壁をじっと見つめている赤い髪の少女にトールは話しかけた。

シャサは振り向いてトールの顔を見るやいなや駆け寄ってくる。

「あぁ、選手が何でこんなところにいるんだよ」

「そりゃ、こっちの台詞だぞ。何でお前がここにいるんだ?」

「トイレが満員だったから」

トールは予想通りの答えに納得しつつため息をついた。

「何でこんなにトイレが満員なんだ?」

「さぁ、多分、変なものでも食べたんだよ。きっと」

「変なものね・・・お前は大丈夫なのか?」

「えっ・・・うん・・大丈夫だよ」

シャサは頬を赤らめ少しもじもじとしながら答えた。

脚が微妙に震えている。

トイレを必死に我慢しているのが良く分かった。

「大か」

「小だよ!」

シャサは顔を真っ赤にして怒鳴り返す。

よほど恥ずかしいのだろう。

その姿を見てトールは笑い始めた。

「うぅ・・・絶対にいつか泣かしてやるよ・・!」

シャサは復習を胸に決意すると拳を強く握った。

復讐のオーラが全身からメラメラと燃え上がっている。

「あぁ、笑ったのは悪かった。だが、我慢するのは体に悪いぜ。とにかくあいてるトイレを探そう」

トールのその提案にシャサは少し思案するが流石に生理現象にプライドは勝てずそうすることにした。

と、そこまでは良かったがいけども行けどもトイレは一向にあいていない。

それに良く見れば列も全く進まないは並んでる人は皆、必死の形相だわ。

明らかに普通の事態ではない。

「やはり、食中毒か」

トールはそう決め付けると自分とシャサは違うのでそれ以上の詮索をやめた。

別に他人が食中毒で苦しもうが自分が出来ることなど何も無いのだ。

後は医者と保健所の仕事だ。

「にしても会場内で開いてるトイレは存在してないぞ」

全てのトイレを回りきった後に言えることはそれしかなかった。

「えうぅぅぅ・・・・漏れちゃうよぉ・・・」

シャサはしゃがみ込み必死の形相で呟いた。

目からは涙までこぼれ始めている。

「朝、トイレにいっとかないからこういうことになるんだぞ。後、水分はあまり取らない」

トールは珍しく普通のことを言い始める。

まぁ、それが本人の耳に届いていないと確信しているからなのだが。

つまり、言い聞かせる気などは無いということだ。

「えうぅ・・・限界だよぉ・・・もう、無理だよぉ」

本当に真剣にシャサは限界に達しているらしい。

このままでは泣きながらお漏らしなどという羞恥プレイに発展しかけない。

トールはそんなことになったら後始末が大変だと危機感を感じ始めていた。

とにかく会場内ではまずい。

排泄行為をしても大丈夫でなるべく近いところ・・・

「!」

トールはシャサを抱えると急いで入り口に向かって走り出した。

もう、こうなったらあそこしかない。

トールは持ち前の危機的状況での判断力を生かした。

そして、たどり着いた場所は・・

 

会場前の林へと飛び出したトールは人目が無いことを確認するとシャサをおろした。

「トイレがないなら立ちションしかない・・・ってことで」

流石にまずいとは思いつつもこれしか思いつかなかったトールはそういい後ろを向いた。

いくら子供とはいえ見ていいものじゃない。

まぁ、近くにいるのもダメなのだが。

幾らなんでも抱え上げておしっこをさせてあげるなどという行為をするわけも無い。

トールは一人、自己満足しつつ会場のほうを見る。

何人かの人々が駆け出していくのが見えた。

おそらくは我慢しきれずに近くのトイレを借りに行ったのだろう。

まぁ、常套手段だが周りに建物がほとんど無いこの場所で間に合うのかは不明だが。

「色々あってひっこんだし、俺は行かなくてもいいか」

便意はとうになくなり余裕の表情のトールは苦しむ人たちを哀れんだ。

明らかに異常事態だが探ろうとか言う気など全く起きらない。

自分が関係ないなら後は他人がやるだろうという判断だ。

まぁ、気にならないわけではないだろうがそこまでする気は起きないのだろう。

「えうぅ・・・外でするのなんて初めてだよ」

シャサは少々気分が悪そうな表情で茂みの中から現れた。

なれない状況で落ち着かなかったのだろう溜まったものを出したとはいえども。

「良かったな。貴重な体験だぞ」

「よくないよ!」

シャサはトールをにらみつけ怒鳴った。

 

そんなハプニングのさなかでも試合は滞りなく進んでいた。

だが、声援の音量は明らかに小さくなり、観客席にも穴が開き始めている。

「観客の皆さん帰っちゃったんですか?」

それを疑問に思ったメルが隣に座るレイに尋ねた。

「そういえば・・・珍しいわね。毎年、席が開くことなんて無いのに・・」

その明らかに不自然な様子にレイは怪訝な表情を浮かべる。

今年の選手の質は悪くないし試合内容も良い。

何よりシャルドゥが推薦したトールがいるのだ。

あの超絶な試合を見て次が気にならないはずがない。

「何かあったのかしら・・・シェル」

「分かりました。調査に行ってきます」

侍女王はレイの指示を受けるよりも早く行動を開始した。

頼りになる出来た侍女だ。

レイはその信頼を全て彼女においていると言っても良い。

 

「それは大変だったね」

ラスクは素っ気無い態度でトールの話しを聞いている。

彼の頭の中には既に次の試合でバーンが活躍することしかないのだろう。

それ以外のところで起こった出来事など眼中に無いと言ったところか。

「本当だよ。みんな、病気なのかな」

シャサは落ち着いて状況を思い起こし不思議そうな顔をしている。

「観客の大勢がいきなり腹痛ね・・・食中毒じゃないの・・・まぁ、それよりももう直ぐ試合だよ。

次は流石に警戒してくるだろうからさっきのように上手く行かないと思うけど・・・

ちゃんと考えてるの?」

ラスクの一言が長らく離れていた試合の雰囲気を押し戻してきた。

トールはその一言にはっとしたようすを見せる。

なんだかんだで試合のことをすっかり忘れていたらしい。

「大丈夫だ。多分、考えてても何も浮かばなかったし」

トールは堂々としている。

それを見てラスクはため息をついた。

「いくら、トールが小さい頃からMRに乗ってたからって戦闘経験は全然無いんだから・・・

だからかも知れないけど慎重に行かないと力ずくだけじゃダメだよ」

ラスクは以外にもまじめなことを言っている。

ただ単に自分が作ったバーンの事を過信するだけのバカじゃないと言ったところか。

ちゃんと冷静に物事を見る目というのは持っているらしい。

「う〜ん・・・まぁ、分かった」

トールは分かっているのか分かってないのか良く分からない返事を返す。

「不安だねぇ」

「だね」

トールの返事にシャサとラスクは不安を隠せずにいた。

過信をしている場合は確実に足元をすくわれるものだ。

心の隙は体の隙となって現れる。

どれだけの力量さもそれで0にされかねないのだ。

まぁ、トールのは過信というよりも何をすべきかが思い浮かばないだけなのだが。

トールはバーンを見上げつつジーっとしていた。

戦い方を思案しているのかただボーっとしているのかは分からないが

 

 

リングに声援というのは騒音が渦巻いている。

先ほどの試合に比べればその音量は格段に小さくなっている。

それもそのはず客席の埋まり具合は明らかに悪くなっている。

それは当然、先ほどのトイレ騒動と直結しているのだが今のトールにそれは何の関係も無いことだった。

まぁ、少々便意を催しているので終わった後に入れればいいなという程度のものだ。

それも直ぐに消えていく。

目の前に対戦相手が見えた瞬間から。

「第一試合を電光石火、一撃必殺で決めた英雄推薦の期待の新鋭トールとその愛機バーン。

それに対峙するは今大会最長の槍を使用するダナシュとその愛機フルベルク。

果たしてトール選手はフルベルクの長い槍をどう攻略していくのか!?

間もなく試合開始のゴングが叩かれます」

実況の声がやけに遠くから聞こえる気がした。

トールの意識がそれだけ戦闘へと集中されている証拠だろう。

次第に実況も歓声も静寂となり、ただバーンの鼓動だけが聞こえてくる。

鋼力エンジンはまるで心臓のように鼓動を鳴らす。

伝承によれば機鋼の心臓を模したものが鋼力エンジンなのだから当然なのかもしれない。

だが、それはまさしく命を持つものの証のようにトールには感じられた。

「(さぁ、いくぜバーン。目指すは勝利!それだけだ)」

トールはその青い眼にフルベルクを映し出すとにらみつけた。

トールの集中力が最大まで高められる。

 

ゴングが鳴り響く、歓声がひときわ大きく高まった。

バーンは鋼の脚で石のリングを蹴り飛ばすと一気にフルベルクへと突っ込んだ。

だが、その目の前にはフルベルクの異様なまでに長い槍が突き出されている。

鋼すらも抉り取る鋭利な刃にバーンは自らの体を突き刺そうとしていた。

圧倒的な速度で突っ走るバーンにはそれをかわすには間合いが足りない。

極限までの機動性を追及した薄い装甲の前にその槍は速度も相まって必殺の武器となるだろう。

衝突は敗北と同意義となる。

誰もが目を見張るだろうその場面はほとんど眼に焼き付けられる暇を与えられずに終了した。

高速回転する鋭利な刃がフルベルクの顔に突き刺さっている。

ドライバーのダナシュは何が起こったのかもわからずに呆然としていた。

先ほどと同じように一気に突っ込んでくると読んでいたダナシュはあえて武器を構えて待ち受けていた。

それは良かった。

だが、トールにとってその行為はほとんど意味が無いものでしかなかった。

トールの動体視力と集中力の前に構えているだけで止まっている敵の攻撃など避けるのは簡単だ。

自分の愛機の速度も扱えないほどにトールの操縦能力は低くない。

ダナシュの敗因は相手の力量を自分を基準にして判断したことだった。

「あっけねぇ」

トールが一言、そう呟くと同時に試合は終了した。

 

「すご〜い!トール、本当に強いよ。本当にトールなの?」

シャサは本気で信じられない様子で戻ってきたトールをジロジロと見ている。

「オレは完全100%本生使用のトール様だ。認定証をつけてもいいぞ」

その態度にトールは少しムッとしながら答えた。

「う〜ん、この国にはあの程度のしかいないのかねぇ」

ラスクは不満たらたらと言った様子で呟いた。

これでは対メタルレプリカ戦でのバーンのデータ収集に支障をきたす。

はっきり言って相手がトールにもバーンにも役不足なのだ。

釣り合いが取れている。もしくはこちらよりも強い相手でないと良いデータというものは入手できない。

データにしてもなんにしても苦労無くして手に入れたものは良いものではないのだ。

「こうなったら一つ・・手を打っとくか」

ラスクは悪魔の微笑を浮かべながら呟いた。

そんなこととも知らずにトールはシャサは会話をしていた。

「トール選手ですよね」

そこに一人の男がやってきてトールに話しかける。

見た目からして普通としか言いようが無いその青年は両手に缶ジュースを持っていた。

「その通りだ。今なら初回限定キャンペーン実践中につき何か揚げようか?」

トールは笑いながらそういった。

一体、何を揚げる気なのだろうか?

「いえいえ、そんなシャルドゥ様の推薦された貴方のようなかたにモノをもらうなんてとんでもない」

その普通の男は謙遜し返した。

リアクションも普通だ。

「それで何かようか?別段、取り込んでないけど用が無ければ帰ってくれて結構だぞ」

トールは少々、かったるそうな様子で応対している。

面白そうでなければトールの態度はこんなものだ。

「いえ、試合直後で喉でも渇いてないかと・・・。同じ選手同士もしかしたら同じ職場に付くかもしれませんし」

普通の男はそういうと手に持っていた缶ジュースを差し出した。

「おっそりゃどうも」

トールはそれを受け取った。

その瞬間、普通の男の口端が少しつりあがる。

だが、それは注目していないとほとんど分からないようなものでしかなかった。

トールはそれを受け取ると隣にいたシャサの首筋に押し付ける。

「ひゃぁ!何するんだよ!」

シャサは飛びのくと声を荒げて目を見開き叫んだ。

よほど驚いたらしく息も荒い。

「ナイスリアクション」

トールは親指をぐっと立てていった。

「いつか、絶対泣かしてやるよ」

シャサは頬を膨らませ両手を握り力を込めた。

よほど頭にきているらしい。

「さて、じゃあ返すわ」

トールはそういうと缶ジュースをそのまま普通の男に投げ返した。

普通の男は驚いてその缶ジュースを受け取る。

「なっ飲まないんですか?」

普通の男は驚いている。今のそのリアクションの大きさは少々普通じゃなかった。

「オレはコーラが嫌いだ。すまんなぁ」

あまりにもストレートな理由に普通の男は返す言葉がなかった。

まだしも怪しんだりならどうにかできるかも知れないが・・・

嫌いだからではどうしようもない。

無理に進めても可笑しいし

「そうですか・・・」

普通の男はそういうとトボトボと歩いていった。

「へぇ、トールってコーラ嫌いなんだ」

「あぁ。どうもなぁ。ドクターペッパーはもっと嫌いだけど」

それを聞いたシャサはあからさまにニヤリと微笑んだ。

我に勝機ありといった感じか。

 

普通の男はトボトボと廊下を歩いていた。

その手に持ったコーラの缶を強く握り締めながら。

「くそ・・・オレンジジュースにしとけば・・・」

「残念でしたね。せっかく、大仰な騒ぎにしてまでのカモフラージュでしたのに」

普通の男は突然の言葉に驚き後ろを振り向いた。

そこには王宮仕えの侍女が一人立っている。

「なっ何を言っているんだ。私が販売機のコーラに下剤を入れたとでも?」

「何を勝手に口走っているのです・・?」

「あっ・・!!」

勝手に誘導尋問に引っかかり普通の男は口をふさいで驚いている。

いまさらそんなことをしても発せられた言葉は隠せないというのに

「まぁ、そんな証言はなくとも証拠は確保しましたが・・・おとなしく同行願いましょうか?」

シェルは冷静な様子で言い放った。

「くっ・・」

普通の男は振り向いて一気に走り出した。

だが突然、首に衝撃を受けて立ち止まる。

シェルが男の襟首を掴んでいるのだ。

「逃亡は許されません。貴方のような方には恩赦も慈悲も無用です。即判決を下してあげましょう」

シェルはゆっくりと静かに冷たい響きのする声が言い放った。

圧倒的なプレッシャーが普通の男に襲い掛かる。

明らかに体格で勝っている自分でもこの女性には勝てないと本能で悟った男はそのまま大人しくなった。

こうして下剤をもったという普通でないことをした見た目普通の男は捕まった。

トールとは全く無関係のところで・・・

 

その後、試合はなんの滞りもなく進んでいった。

大方の途中からの予想通りトールは圧倒的な強さで勝ち進んでいった。

その強さは鬼神が如き全ての対戦者を文字通り秒殺で葬ってきた。

バーンの速度を見切れるものは全く存在せず装甲には一切傷が付いていない。

そして、決勝戦。

巨大な腕を持ったメタルレプリカの一撃が石版を粉砕し宙に巻き上げる。

その中をまるで青い稲妻が通り抜けるように閃光が走る。                                                                                               

トールの瞳中で全ては静寂、全ては不動。

次に相手が何をするのか?何をしようとしているのか?

全て圧倒的な動体視力と長年培ってきた知識が少しの動きを全て未来へと続けていく。

高速で動く鋼の四肢から繰り出される一撃はメタルレプリカの装甲を一撃で引き剥がしていく。

だが、流石に決勝まで残ってきた強者は一撃では倒れない。

一つの腕を犠牲にするとバーンの動きを止める。

そして、構えていたもう一つの腕を真っ直ぐに突き出した。

バーンはすぐさまチェーンダガーを離すと真上に飛び上がり突き出された腕に飛び乗った。

そして、そのまま顔面を蹴り上げ吹き飛ばす。

それで決着が付いたかと思われた。

だが、敵はまだ戦意を落とさずバーンを振り払った。

突然のことにバランスを崩したバーンはそのままリングの上に倒れこむ。

そのチャンスを逃さず直ぐに追い討ちをかけてくる。

絶体絶命のピンチ・・・

だが、バーンは脚のバーニアをふかし飛び上がった。

間一髪で敵の拳をかわしバーンは突き刺さったままのチェーンダガーを掴みそのまま引き抜く。

そして、そのまま一気にリングの端まで走ると旋回し一気に敵の背後に向かって飛び出した。

「これで・・・とどめだ!唸れチェーンダガー!!」

白銀に輝く刃が唸りを上げ敵の腕を肩から両断する。

赤熱の火花が散り、銀色の光が噴出した。

メタルレプリカはその血液にして生命である鋼力を失い力なくその場に倒れこんだ。

人間で言う出血多量に相当する形で事果てたということであろう。

「勝負あり!頂上決戦を制したのは大方の予想通り青い稲妻トール。

新たなる英雄の誕生を惜しみなき歓声と拍手によって祝福してください」

一斉に今までで最大級の歓声と拍手が巻き起こった。

それら全ては青き機体とそのドライバーを祝福するように渦巻いていく。

この国を護るべき最強の矛となりえる新たなる英雄の誕生。

このシャトレーゼという国がこれからも繁栄していくことを確信していた。

 

「まだだ。まだ終わってねえぜ」

突如、会場内に轟音とも言うべき声が響き渡った。

会場内の視線が全てその一点へと吸い寄せられていく。

そこには二本の刀を携えた一機のメタルレプリカが存在していた。

その会場内でその機体を知らないものは存在していなかった。

そいつは5年前の今日と同じ日にバーンと同じ場所に立ちしもの。

そして、竜殺しの英雄シャルドゥと並び証される最強の兵士。

「皇国軍大隊長ラルフ=ウォーデン大佐」

観客席の誰かが呟くと同時にその名前は伝染病のごとく移っていた。

そして、騒然へと発展していく。

「ラルフ・・・その大隊長がなんのようだ?」

突然の来客にトールは事態についていけず呆然としていた。

「なんのようだ・・?なんのようだもないだろうが。このオレにあんなモノを送り付けといて

涼しい顔してるじゃねえか・・・。お望みどおりで向いてやったんだ!覚悟しろ!」

ラルフの専用機ヘルダイムは両手に構えた二本のチェーンソードと共にバーンに突撃をかける。

その速度はバーンには劣るものの今までの対戦者とは圧倒的な差があった。

一瞬にして距離が0になる。

「!」

バーンは寸前でそれをチェーンダガーで受け止める。

高速回転する刃同士が激突し激しい火花が散った。

「良く反応したな!だが、スピードはあってもパワーはどうかな!」

ヘルダイムはそのまま腕に力を込めバーンを弾き飛ばした。

バーンは宙高く舞い上がると一回転してそのままリングの上に降り立った。

「ほぉ・・・流石にシャルドゥの推薦者といったところか・・」

「それで感心するのはひどく心外だが、まあいい。何でいきなり試合が始まってんだ。

こんなイベントがあるなんざ聞いちゃいないぞ」

トールは外部スピーカーを使って叫んだ。

「イベント・・?貴様が挑戦状を叩きつけてきたんだろうが!問答は無用!修理費てめえもちだからな!」

ヘルダイムはリングを蹴り上げバーニアを全開にしバーンに突っ込んでいった。

「やってやるしかないか・・・負けると殺される」

トールはヘルダイムの攻撃を最小限の動きでかわしていく。

だが、怒濤がごとく続く攻撃をかわすが攻撃する暇を与えられない。

「くっ・・・くそぉ!」

トールは何とか糸口を開こうとチェーンダガーを突き出すがすぐさま弾き飛ばされてしまった。

「なんだそりゃ・・・?かわすのはいいが。どうにも攻撃がお粗末すぎやしないかい?」

チェーンダガーは宙を舞い遥か後方へと落下していった。

トールはすぐさま離れようとするが既にヘルダイムは両の刀を空高く突き上げていた。

「攻撃はなぁ・・・こうやるんだよ!」

一振りの刀が轟音をたて振り下ろされる。

バーンはそれを間一髪でかわすが完全に体勢を崩された。

そこにもう一振りが振り下ろされる。

トールは反応するがバーンの機動が遅れる。

直撃は免れたもののチェーンソードはバーンの肩口に深く突き刺さった。

火花が散り、傷口から銀色の光が噴出す。

「右肩回路寸断!完全に持ってかれた・・・」

バーンの右腕が完全に寸断されごとりとリングに横たわる。

緊急で回路を遮断したおかげで鋼力の流出はとまったもののダメージは相当にでかい。

チェーンダガーも失い完全に戦闘能力を奪われてしまった。

この状況でラルフに勝てるとはとても思えない。

トールがとるべき道は一つしかなかった。

「まいった。降参する」

トールは両腕を挙げコックピットを開け外へと出た。

完全なる降伏。

確実なる力の差。それは戦闘経験かそれともセンスか。

ともかく、目の前にいる男は確実に自分よりも強い。

そのことはトールの中に眠る闘争心というものに火をつけるには十分な火花だった。

自分よりも弱い相手しか見えなかった先ほどとは明らかに違う。

まるで世界が開けたかのような気分だった。

「ほぉ、中々の決断力じゃないか。それともプライドがないのか?」

ラルフが嘲笑するように問いかける。

あからさまな挑発。

だが、トールはそれを涼しい顔で受け止めている。

「いやいや、強いね。流石だぜ。だったら入る意味もあるよな皇国軍」

トールは挑みかかるような視線をラルフに向ける。

その青い瞳はギラギラとした闘志に燃えているように見えた。

「いい眼をしてるじゃねぇか。その燃える瞳。気に入ったぜ」

ラルフはその眼の可能性に期待したくなっていた。

シャルドゥの推薦というからにすかした奴かと思ったが全く違う。

見た目と違いその鋭い眼から放たれる輝きはまるで炎のようだ。

 

「はぁ・・・凄いですね。一体、何が起こったのかよく分かりませんでした」

メルは今まで溜めていた息を吐き出すと呟いた。

まさに息を呑む戦いに呼吸を忘れていたらしい。

「流石ですわね。ラルフ大佐の強さは。それにあれだけくらいついたトールの将来性も高いですけど・・

いえ、もうトール少尉になるのでしたね」

大会の優勝者は無条件で少尉の階級を与えられる。

まぁ、階級は飾りだけではあるのだが給料はそれだけ与えられる。

「うむうむ、若い者はいいのう。わしも昔はメタルレプリカをかって戦ったものだ」

ゼンは昔を懐かしみ呟き始めた。

それと同時にロイヤルガードの面々が嘆息を漏らしだす。

「トール・・・(完全なる予想外・・・不安材料にならなければ良いのですがね)」

シャルドゥは一人、新たなる戦士の誕生を不安げな様子で見守っていた。

「トール・・・さんですか。一体、どういう方なんですかね。シャルドゥ様のように紳士なのでしょうか?

ラルフさんのように勇敢な方なのでしょうか・・・」

メルは大画面に映し出される青い髪をたなびかせる青年の横顔を見つめながら呟いた。

一見にはクールな外見な美青年にしか見えない。

だが、その瞳からその内からあふれ出る熱い闘志が感じられた。

メルはその瞳に何か惹かれるものを感じた。

自分の周りにいる人々とは違った輝きをもった瞳に魅入られていた。

 

 

「凄かったね、トール」

祝勝会の準備が工場特設の居間で行われている最中、その主役のトールは一人外で星空を見上げていた。

故郷よりも空が遠く感じる。

空気のせいか明かりのせいかは分からなかったが改めて自分が違う場所にいるんだなと感じていた。

心に残っているあの時の衝動。刹那に垣間見えた恐怖。

事故や自然災害とは違った。殺意・・という名の剣。

「結局・・・何も出来ずにやられちまったなぁ・・」

別段、悔しいわけじゃない。戦闘経験は圧倒的に劣っている。

それに二年間のブランクもあった。

言い訳は出来る。それにそんなものに頼らずともに自分のセンスは分かっている。

「昔から攻撃するの下手だって言われてたよなぁ・・・狙ったのに上手くいかないし」

止まった相手を狙うのと動く標的を狙うのでは違う。

それに当てるだけでは攻撃とはいえない振ってるにしか過ぎないのだ。

だが、今のトールにはそれも分かっていない。

まるで魔法を使われたかのような感覚でしかない。

技も魔法も突き詰めれば同意のものだ。

出来なければ不思議なことでしかない。

春先の少し寒い風がトールの頬をなでるように吹きすさんだ。

「トール」

その風に乗って子供特有の高い声が聞こえてくる。

確認するまでもなくその少女はシャサだ。

「なんだ?邪魔だから追い出されたか?」

「違うよ!」

シャサは心外だという表情で怒鳴った。

「じゃあ、なんのようだ?」

トールは顔をあげその小さな少女を見た。

光源など窓から漏れる光と遠くの街灯ぐらいしかないのにシャサの赤い髪は夜の闇に異彩を放つ輝きだ。

まるで彼女の体から淡い光が漏れ出しているかのようにも見える。

とても幻想的で見るもの全ての視線を捕らえて離さない魅力のようなものを感じた。

それはトールとて例外ではない。

「これでトールともお別れなんだな・・・って思って」

皇国軍に入隊したものはそれぞれ寮に住み込み城で働くこととなる。

家庭を持っているものは別としてもトールのような本来住所が定まってないような者は確実にそこに入る。

それはシャサとの別れを意味していた。

「だから・・・ちょっとお話し・・・」

シャサは恥ずかしそうに下を向きながら消え入りそうなほどに小さな声で呟いた。

その様子がとても微笑ましく先ほどまでの幻想的な雰囲気も感じずトールは笑顔になっていく。

「お前がオレと話したいって言うなら一晩中付き合ってやるよ。お前の望むままに」

トールは出来るだけの笑顔を見せてそういうとシャサを招きよせた。

そして、シャサの腕を掴むと引き寄せて自分の胸の中に収める。

「えうぅ・・・」

「オレと離れるのが寂しいのか?」

「さ、寂しくなんかないよ!静かになるなって思うだけだもん!」

「ふぅん・・・」

シャサは顔を真っ赤にしてぎゅっとトールの腕を掴んでいる。

その力はあまりにもか細いが何があっても離れそうにないぐらいに強かった。

「最初は逃げ出したのにな」

「あれは・・・恐かったから・・・」

「そうか・・?う〜ん、良く分からんな」

「恐かったの。本当に・・・すごくすごく・・・でも、飛び込んでくれたよ」

「あぁ、寒かったな。つぅか世間の目が痛かった」

「その後、連れまわされたよ」

「オレが連れまわされた気がするが・・・」

「裸、見られたよ」

「お前も見ただろ」

「その次の日も連れまわされたよ」

「当然の義務だ」

「ラスクの運転する車は二度と乗りたくないよ」

「オレもだ」

「バーンがモンスター倒していくのかっこよかった」

「サラマンダーには悪いことしたなぁ・・何もしてなかったのに・・」

「んで、今日。困ってた私を助けてくれて大会にも優勝しちゃった」

「最後負けたけどなぁ」

えらく長い間、一緒にいた気がしたがまだ出会ってから三日しかたっていない。

意外なほどに思い出は少なかった。

だが、それだけで既に何年も前からの知り合いのように話せていた。

トールの人柄なのだろうか・・・まるで空を見上げているような広さを感じる。

まるで森の中にいるような安らぎを感じる。

そして、本当に人と話しているのだという気持ちを感じた。

「初めてだよ・・・こんなに優しくされたの・・・」

シャサはその赤い瞳から涙をこぼした。

汚れのない純粋な悲しみから生まれたその雫はトールの指に落ちた。

「お前ならもっと大勢の人が優しくしてくれるさ。だってお前楽しいもんよ」

トールはくしゃくしゃになるまでシャサの頭をなでた。

「だから、泣くなよ。俺が泣かしたように見えるだろ」

シャサの瞳にトールの笑顔が写る。

作り物じゃない自然の笑顔。

どうしてあんなに性格がひねくれているのにこんな笑顔が出来るのか不思議だった。

でも・・・性格がひねくれてても自分に正直に生きてるんだなと分かった。

「うん・・」

 




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