トールは走っていた。ただ、ひたすらに走っていた。

何せ後ろから悪鬼の如き形相のラルフが追いかけてきてるからだ。

「オレに追いつかれることなく後、10k全力疾走!もし、立ち止まったら斬り殺す!」

ラルフは真面目に真剣を取り出して構えている。

殺る気は充分だ。

「ぐあぁぁぁ!むちゃいうなぁ!畜生!!」

それでもやるしかないとわかっているトールは全力で走っていく。

他の隊員たちは通常ノルマである10kを走り終えて休憩中だ。

だが、何時もサボってメルの部屋に遊びに行ってるのでその過不足分としてこうして走らされている。

結局、皇国軍に入ってからというものトールは延々と基礎体力作りをさせられていた。

いくら、山奥で育って何時も山道を走り回っていたとしてもこの無茶苦茶な特訓は答える。

特訓なのに文字通り命をかけなくてはならない。

それに現在は早朝訓練だがトールの特訓は昨夜から続いていた。

もう、丸一日は寝ていないだろう。

寝不足と連日連夜の疲れで体のほうもボロボロになりかけている。

だが、ひたすらに走るしかない。

泣き言が通用しないのは今まででよく分かっている。

ラルフに目をつけられたのがおしまいだったと同じ部屋の兵士は語っていた。

なんにせよ今はとにかく走り終えなくては死ぬしかない。

「うおおおおおおおお!!」

気合と共に叫び声を上げるとトールはひたすらに地面を蹴り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機 鋼 神 王

第一章

戦士、立つ

第六話

婚礼の日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄様、お疲れですね」

足元のほうでベッドに埋もれているトールのことを見ながらメルが呟いた。

あの後、走りきってすぐさまここに逃げてきたのである。

ラルフが怪しい微笑を浮かべて近づいてきた瞬間に。

野生の勘というか本能というかとにかく、あのままでは死んでしまうと感じ取ったのだろう。

唯一の安らぎの場。絶対不可侵の聖域へと逃げ延びた傷ついた戦士は夢の世界へと旅立っていた。

「邪魔だよ」

そんな死人に鞭打つようにシャサの蹴りがトールの脇腹に決まった。

トールはうめき声をもらしそのままずるずるとベッドから落ちて床に這い蹲る。

「メイドとしてこの汚いゴミを掃除するよ」

シャサはそういうと掃除機を持ち出してトールの髪を吸い始めた。

凄い勢いで吸い付けられているにも関わらずトールは一向に眼を覚まさない。

「むぅ、つまんないつまんない!おきろぉ!!」

シャサはそのまま何度も何度も叩きつけるが青い髪の青年が眼を覚ます気配は全くなかった。

折角、やってきたというのに相手にされず眠ってるのが腹立たしいらしい。

構ってもらいたくてしょうがないのだろう。

「シャサ。お兄様も眠りたいときがありますよ。今日は寝かせてあげましょう」

メルは優しい微笑を浮かべて言った。

それでもシャサは不満げな表情を浮かべている。

「メルと一緒に遊びましょう。今日は久しぶりに二人で」

「・・・うぅん・・・そうだね。そうしよっか。別にトールがいなくてもいいよね」

シャサはそういうと掃除機を放り投げてメルのベッドに飛び乗った。

あまりにも広いそのベッドには小さな幼女が二人乗った程度では全く埋まらない。

とてつもなく広々としていて一人でいるときは孤独が酷く感じられる。

だが、他に人がいるならそんな広さなどあまり気にならなかった。

ついでにトールはベッドの端のほうにビーン先生が放り投げて寝かされている。

服とか汚れているが別にメルは気にしていなかった。

幸せそうに寝息を立てているトールの寝顔を見ているだけで幸せな気分になれてくる。

 

トールが眼を覚ましたのはシャサとメルが昼食をとっているときだった。

王族といっても病気がちのメルはさほど豪華なものを食べてはいない。

ほとんど病院食と代わらない程度のものだ。

それでも栄養などはちゃんと摂取できるように考えられている。

シャサも同じものだ。特別に一緒に作ってもらってるらしい。

王族と同じ食事を一緒にとっているメイドなんてこの国にただ一人だろう。

「うぅ・・・寝たりん」

トールはそう呟きながら起き上がると何故か痛む後頭部をさすっている。

アレからもちょくちょくシャサがちょっかいを出しては蹴りを食らわせていた。

「おはようございます。お兄様」

「寝ぼすけだよ。トール」

メルとシャサが気づいて声をかけた。

それを見てトールの動きが止まった。

いや、寝ぼけ眼でふらふらとしている。

「うぅ・・・義理妹にメイドさん(ロリっ娘)の夢を見るなんて・・・寝ぼけてる以前にダメ人間だぁ・・・」

トールはそう呟くとそのまま後ろに倒れていった。

そして、そのままベッドの端から落下して後頭部を思いっきり打ちつけ一回転して倒れていった。

「あぁ〜あ・・・死んじゃった」

シャサはため息混じりに呟いた。

「だ、大丈夫ですかお兄様」

メルが慌てて起き上がろうとするとシャサは驚いてそれを止める。

「大丈夫だってほうっておけば勝手に起き上がるよ」

「そ、そうですか・・・メルはあんな倒れかたしたら本当に死んじゃいますよ」

そりゃ、メルならそうだろうがトールなら大丈夫だろう。

それよりも酷い目にしょっちゅうあっているのだから。

「あたたた・・・」

その証拠にトールは起き上がってきた。

さっきのでようやく目が覚めたらしい。

「あれ・・・なんで二人が・・・」

だが、それでも首をかしげている。

「なんでって・・ここメルの部屋だよ」

「あぁ・・・・・ラルフから逃げ出して・・・それからの記憶がない」

どうやら、無意識のうちにここまで逃げてきていたらしい。

よっぽど疲れていたのだろう。

そして、安らぎを求めていたのだろう。

「お疲れのようですねお兄様」

「あぁ、とてつもなくな。あのクソヤロー何時か泣かしてやる」

オレンジ頭の凶暴軍人の顔を思い出し何時の日かの復讐を誓った。

そう、今は耐えるときなのだ。何時の日か奴を打ち破るときに備えて。

「そうですか・・・それじゃあ今日はあそこにいきましょう」

メルはそういうとベッドから降りて専用のスリッパに脚を通した。

ウサギをもした可愛いピンク色のものでシャサも欲しがっている。

「行くって何処に・・?」

トールとシャサは揃って声を上げた。

ここに集まりだしてからこのかた、ここ以外に行った事等なかった。

それよりもシャサが外に出歩いてよいのかという疑問が浮かび上がる。

「大丈夫なのか・・?出歩いたりして?」

「大丈夫ですよ。ビーン先生がついていますもの」

メルは笑顔でその限りなくやぶっぽく闇っぽい医者のほうを向いた。

いまいち二人にとってその医者がどれほど頼りになるかは分からない。

何時もむすっとしたようすでこっちというかメルを見守っているだけ。

時々、発作を起こしたときにはすぐさま駆けつけてくるが・・・

やはり、見た目的には頼りにならないというよりも不安を覚える。

「まぁ、そういうなら行くか」

「行こう行こう!久しぶりの外だぁ」

何時も同じ部屋では流石に飽きてきたところだった。

たまには気分を変えるのはいいことだろう。

 

目の前にはいろ取り鮮やかな花畑が広がっていた。

風に揺れて優しい匂いが運ばれてくる。

その中で戯れる二人の美少女はさながら妖精の様に幻想的な美しさというか可愛さを漂わせていた。

見ているものを自然に幸せにしてしまうような魔力があると眺めていたトールは思った。

レンガ造りの城の中庭はあたかも楽園の様相をかもし出している。

「冗談抜きで可愛いな。変な意味でもなく」

トールは二人を眺めながら呟いた。

日ごろの疲れがなんか勝手に抜けていくような気がした。

子供特有の元気が自分にも宿っていくような感覚を受けている。

「病弱で人前に滅多に顔を出さないからもっと暗いのかと思ったけど違うんだな」

トールの目に映るメルはとても輝いて見えた。

体が弱く何時、倒れても可笑しくない儚い存在のはずなのに・・・

命の輝きは気高く、自分よりも強く生きているように感じられる。

シャサにもそれは感じられた。

どちらもとても強く美しく自分がとても脆弱な存在のように感じられた。

全てが根本的に違うような感覚だ。

ここまで自分を卑下にしてしまうような相手は初めてだった。

「本当・・・綺麗ね」

「そうだな・・・・・・・って!」

トールは驚いて横を見るとそこには何時の間にかレイの姿があった。

その表情は光悦としてじっとメルを見守っている。

少し危険な感じはするがその表情は姉として妹を見守る姿だ。

「レイ皇女・・・一体、何時の間に」

「はぁ・・・・・」

トールの言葉など届いていない様子でずっと見守っている。

「代わりに答えます。つい先ほどからです」

「はぁ・・・それでレイ皇女と侍女王様はメルを見に来たんですか?」

「えぇ、通りかかっただけですけど・・・メル様がこの花畑に来るのは久々のことですからね。

最初はとても驚きました。本当に昔にレイ様とよく来ていたのですが・・・」

寂しそうな表情で侍女王は答えた。

なんとなく分かった気がする。

月日は人を変えてしまう。

大人になり国のために働かなくてはならない姉とより一掃に体が弱くなる妹。

どんなに想いが強く絆で結ばれていても周りの状況がそれを許してくれない。

「ですから・・今はそっとしておいてください。後、少ししたらもう行かなくてはならないのです」

その言葉にトールはレイもメルとは違う鎖で縛られているのだと感じた。

それなのに自分はこんなにも自由に生きている。

皇国軍という場所にいるにもかかわらず直ぐに抜け出しこうして二人に会っている。

自分がどれだけ幸せな暮らしをしていたのか実感してきた。

「(楽な生き方してるよな・・)」

「まるであの二人・・・芸術のようね。それも国宝級の」

レイが口を開いた。

それは明らかにトールに向けられているものだった。

「必死に生きてる。今を感じている・・・そういう人こそが本当の宝なのね」

「・・・そうですね。そうだと思う」

目の前の宝はあまりにも可憐で今にも崩れてしまいそうな・・・だからこそ輝くもの。

それを護る箱の役目は自分のような人間こそに相応しい。

トールはそう思った。

彼女たちのように儚くない。だからこそ自分が出来ることがある。

「いい眼ね・・・シャルドゥとラルフが目をかけるのも良く分かるわ。

まるで全てを包み込むこの青空のように」

レイは空を見上げて呟いた。

その空は一切の雲のない何処までにも届きそうな吸い込まれそうな青色・・・

「空って太陽の光を和らげてくれてるんですって・・・貴方は過酷な運命という名の光からメルを護る

空になってくれると願っているわ」

レイは一言、そう告げると歩いていった。

重大なことを託して・・・メルを護る。

それは皇国軍兵士としては当然の義務だ。

だが、それ以上に見守らなくてはならない。

それはとてもとても大きくてつらい仕事だ。

だけど

「・・・やるしかないか」

トールはメルを見守るとそう思うしかなかった。

漠然とした感じでしかないが確かにそう感じていた。

「・・・任せたぞ」

突然、ビーン先生がトールの肩を叩いて呟いた。

それにトールは驚愕して立ち上がる。

「ななな・・・ビーン先生!?」

「・・・その真っ直ぐな目なら見守っていける」

「・・・ビーン先生がオレに話しかけるなんて驚天動地だな」

トールは今日一番驚いた気がした。

色々と驚きの多い日だったが。

「・・・・・メルは病気なんかよりもよっぽど過酷なものを背負っている。お前はお前らしく護ってくれ」

ビーン先生はそう告げるとすたすたとどこかへと歩いていく。

「ちょっ、主治医が見てなくていいのかよ!」

流石にビーン先生が離れるのはまずい、

何せ何時、メルが倒れるかなんて分からないのだ。

突然の時に主治医がいなければ命に関わる。

それが分からないビーン先生ではない・・・

見守ってくれ・・・

「それってオレが何とかしろってことか?」

護ることとはそういうことだが・・・何だかいきなりとてつもなく重いものを背負わされた気分だった。

そんなトールのことにも気づかずずっとシャサとメルは談笑していた。

つかの間の平和を永遠に焼き付けるために。

 

「お兄様ってかっこいいですよね」

メルが突然、シャサに話をふった。

必死に花輪を編んでいたシャサは驚いて手に取っていた赤い花を落とす。

「えっ・・・そうかな?変だとは思うけど・・・かっこいいかな?」

それなりに近くで過ごしてきたシャサの感想的にはさほどかっこいいという印象はなかった。

何時も変なことを口走りボケまくっているという印象しかない。

それでも・・・

「・・・時々はかっこいいよ。本当に時々な気がするけど」

「メルが始めて見たお兄様の顔はラルフさんと話しているときでした。あの時の表情が今でも忘れられないんです。

何時もの優しいお兄様も良いんですけど・・・あの真剣な表情が」

「うん、私もそう思うよ。普段があんなだから余計にそう感じるよ」

「でも、あまりその表情が見れるのって良くないんですよね。お兄様って多分、本当に必死のときしかそういう顔しないから。

メルが倒れたときもお兄様は真剣な表情でしたし」

「トールはそういう時はふざけないから良いよ」

「だから、シャサも大好きなんですよね」

「えっ!!」

シャサは驚いて顔を赤くしている。

「メルも大好きです。お兄様のこと。ずっと・・・ラスクさんも含めて一緒にいれれば良いのに」

メルは微笑みながら呟いた。

その笑顔はあまりにも儚げで今にも消え入りそうな感じがした。

その顔にシャサは酷く不安を覚える。

今の幸せが全て幻で泡沫の夢のようなものなのではないかという漠然とした不安がよぎる。

「大丈夫だよ!」

シャサは気づけば立ち上がり叫んでいた。

そうすれば不安が掻き消えると感じているかのように。

いきなりのことにメルは呆然として目を瞬かせている。

「ずっと一緒に入れるよ。絶対に絶対に!離れ離れになんかならないよ」

その表情はとても必死で・・・例えようのないほどに悲しみを漂わせている。

今にも泣き出してしまいそうな瞳を前にメルはその小さな体を包み込んだ。

「そうですね・・・そうですよね。シャサの言うとおりだと思います」

その言葉は優しさで満ち溢れていた。

その言葉だけでまるで不安が消えていくような安心感を覚える。

赤い花は雫を受けて日の光に輝いていた。

 

「遂に明日ですね・・・」

シャルドゥが不敵な笑みを浮かべゼンに語りかける。

座椅子に座るゼンはお気に入りの剣の手入れをしながらその話に耳を傾けていた。

その表情は威厳と風格に満ち溢れ、そして、溢れ出んばかりの闘志が漂っていた。

それは目の前の人物に対する敵対心から発せられるもの・・・殺気と呼んでも差支えがなかった。

シャルドゥはその闘志を前にしても涼しい顔で笑っている。

普段のように優しい笑みを浮かべ座椅子に座っている。

「そうだな・・・レイが決めたことだ・・・反対することはできん」

ゼンは仕方がないというふうにため息を漏らした。

放任主義というわけではない。

だが、レイの性格上、決めたことを曲げることは決してしない。

それは父親のゼンが一番良く知っていた。

「何を心配しておられるのですか?」

「娘を嫁に出す父親の心境などたとえ一国の皇と言えども代わるものではない」

「それはそうですね・・・。全て心配しないでくださいとは言えません・・・ですが、最善の努力はします」

シャルドゥは決意に満ちた表情で呟いた。

その言葉は静かだった。

「・・・お前のその謙虚さが気に食わない」

「そうですか・・・それは仕方ありませんよ」

シャルドゥはそういうと立ち上がった。

「それでは・・・私は色々と準備がありますので」

シャルドゥはそう告げると外へと出て行った。

 

「・・・太古の血」

廊下を歩いていたシャルドゥに突然、言葉が投げかけられる。

振り向いたその先には白衣をたなびかせた血色の悪い男が一人立っていた。

この城内に似つかわしくないそんな人物はただ一人しかいない。

「ビーン・・・メル様の主治医がこのような場所で何をしている?」

シャルドゥの視線は明らかに不信感を含ませている。

シャルドゥは最初会ったときからこの得体の知れない医者が気に入らなかった。

明らかに風貌も悪い、無口で陰気な様子を漂わせている。

なのに腕が良いからの一言でレイやメルすらもが彼のことを認め信用している。

「・・・貴様が欲しているのは」

ビーンはシャルドゥの問いかけを無視して話を進める。

「・・何が言いたい?」

シャルドゥはあからさまな怒りを表している。

それは普段のシャルドゥからは決して見られないもの。

「・・・奴らと関わるのはやめておけ・・・貴様程度では食い殺されるだけだ」

シャルドゥはその言葉が終わると同時に腰に差していた剣を抜き放ちその白刃をビーンの喉元に突きつけた。

その動作は疾風迅雷。常人では動くことすら出来ないだろう。

ビーンは自分の命がほんの数センチでゆらぐその状況下でも何時ものように無表情で口を開く。

「立場はわきまえることだ・・・普段の自分のように・・・」

「黙れ!貴様のような浮浪者が戯言をほざくな!」

「最後の忠告だ・・・アレは全てお前には過ぎた力だ」

ビーンはそれだけ言い残すと去っていった。

まるで何事もなかったかのように

一人残されたシャルドゥは例えようのない怒りを押さえ込み剣を戻した。

「過ぎた力だと・・・ふざけるな・・・竜殺しの私に過ぎたものなどありはしない」

シャルドゥはギリッと奥歯を噛み締めた。

 

月と星だけがその世界を照らしていた。

警備の明かりや街の明かりも少なからずその世界を照らしているだろう。

だが、真上を見上げているシャサにはその二つだけが確かな光だった。

少し強めの夜風が彼の赤い髪をたなびかせている。

まるで炎が揺らめいているかのような神秘的な情景だ。

昼間組みが寝静まったのを気にこっそりと抜け出してあがって見た屋根の上。

少し恐いが・・・それでも考え事をするには丁度良い静かさだった。

メルと離れ離れになる・・・

シャサにとってそれはとても恐いことだ・・・

だが、それ以上に彼女の瞳の奥で暗い何かが揺らめいていた。

それは漆黒・・・

赤い瞳の中にある黒点は深い闇を携えている。

シャサは身震いすると首を横に振った。

赤い髪が振りまき、赤い線が黒の世界を塗りつぶしていく。

彼女は膝を抱えると前だけを見ていた。

ここは考え事をするには丁度よい静かさだったが・・・

悲しみから耐えるにはとても厳しい場所だった・・・

数分たった後、シャサは立ち上がった。

慌ててその場所を降りようと足を伸ばしていく。

そこで一つの異様な光景が見えた。

青い髪の青年が刀を振り回したオレンジ髪の男に追い回されている。

真夜中にその光景を目撃すれば直ぐにでも110番してしまいたくなるほどだ。

だが、事情知っているシャサはクスリと笑うと屋根を降りていった。

 

だらだらと滝のように汗が流れる。

濡れた髪が跳ね、弱弱しくもすばやい動きで大地を蹴り上げ彼は必死に逃亡中。

何せ殺人鬼よりも恐ろしい上司に刀振り回されて追いかけられているのだから仕方がない。

「勘弁してくれぇ・・・」

からからに渇いた喉から必死に呻きだす声も漆黒の闇夜へと掻き消える。

このままでは朝日が出るころには自分の魂は地上にはないと危機感を感じつつも

走るしかない悲しさと空しさだけが心を支配していく。

「オラオラ、どうした!?夜は始まったばかりだぞ!」

後一時間もしないうちに夜明けですと告げたい気分だがそんなことを言う気力もないし

いったら言ったでもう一生、口が利けません。

まさに地獄のループ突入状態のトール。

このまま、朽ち果てるのか・・・・

その時、予期せぬ衝撃が彼の身を襲った。

「ぐぅわぁぁぁ!」

ほとんど、力が入ってなかったトールはその衝撃に逆らえずそのまますっ飛ばされる。

芝生の上を滑ってそのまま地面にダウンした。

「出会い頭の衝突事故?校内は最徐行だぞ!」

校内ではないし車も走ってはいない。

ぶつけてなくても少々、可笑しい頭のトールは起き上がろうとした。

だが、おなかの上に何かが乗っていて起き上がれない。

何時もならなんともないのだが流石に全身疲労で動けないらしい。

「だらしないなぁ・・・」

聞き覚えのある生意気な声が聞こえてきた。

「なっ・・・お子様は寝ててもよろしい時間だぞ。今は大人というよりも爺さん婆さんの時間だ」

朝の早い老人はそろそろお目覚めになられる時間だ。

「おいおい、なにお子様に押し倒されてるんだよ」

呆れ顔のラルフが歩いてきた。

流石にシャサが突進してきたことに驚いているらしい。

というよりも子供がメイド服来ていきなり深夜に訓練中の兵士にタックルかますなんていう

ありえない状況に驚かないほうが異常だ。

「いやいや、子供に押し倒されるなんて貴重な体験ですよ。今度、やってみますか?」

「オレにはそんな危篤な変態趣味ねぇよ。にしても、なんだこの嬢ちゃんは?うちのメイドにこんなのいたか?

というか雇ったのか・・・?誰の趣味だよ」

ラルフはそう呟くとぶつぶつと考え込み始めた。

その間にトールは何とかシャサを押しのけ上半身を起こした。

そして、深呼吸をすると体の力を緩める。

全身の疲労が一気に押し寄せてそのまま再びダウンしかけるが何とか意識を保っている。

「・・そうか。弟皇の次男だな。なにやらいかがわしい人形だとかがあるらしいという噂だしな」

ラルフは一人で納得している。

というか納得できる候補がいるのか!

「いや、違います・・・っていうか危険だな。シャサ、そこには絶対に行くなよ」

軽い親心が芽生え始めているようだ。

「大丈夫だよ。メル以外の部屋は全部、立ち入り禁止食らったから」

こいつは何をしたんだとトールは思ったがあえて尋ねるのをやめた。

ついでにこいつは一生、城づとめしなきゃならないのかもしれんなと思った。

「じゃあ、誰だ・・?」

ラルフの問いにトールは自分を指差した。

瞬間、ラルフとの距離が5メートルあく

「・・・そういう趣味か・・・」

「って、違う!そうじゃないそうじゃない!オレがこいつをここで働かせてくれと頼んだんですよ」

トールはそういうと今までのいきさつを説明し始めた。

省略

「ほぉ・・若いくせに中々、頑張ってるな」

ラルフはシャサを見下ろしながら呟いた。

「半分、強制的だけどね。でも、おかげでメルに会えたからOKだよ!」

シャサは嬉しそうな笑顔で答えた。

そんなシャサの笑顔にラルフは少し表情をほころばせる。

「ふん・・・いい娘じゃねえか。ちゃんと面倒見ろよトール」

ラルフは刀の鞘でトールの頭を小突くと歩いていった。

「何処行くんですか?」

「帰って寝るんだよ。明日・・・今日か、今日は史上最大に胸糞悪い日だがそれでも表面は祝あなきゃなんねぇ」

ラルフの言葉にトールは記憶をたどる。

今日のイベント・・・・

「・・・レイ皇女の結婚式」

「そういうこった」

「・・・ラルフ隊長、レイ皇女のことが・・・」

トールは可愛そうな人を見るような目でラルフのことを見送った。

その男の背中は何処か寂しげ吹きすさむ風もそれを誇張するかのようだった。

「・・・って違う!俺はシャルドゥのクソヤローが皇王の座を手にするのが気に食わないだけだ。

あいつは昔から気にくわねえんだよ」

「あぁ、後輩のほうが知名度高くて偉くなっちゃうからですか?」

「バァカ、オレよりもあいつのほうが年上だ。一期違うんだよ」

「えぇ!そうだったのか・・・てっきり」

トールはシャルドゥの顔を見た。

どう考えてもシャルドゥのほうが年下だ。

「言い遺したいのはそれだけか・・・?」

シャルドゥは白刃を抜き放つ。

陰りのないその輝きは一瞬にして人の首を断つなど容易いだろうに。

「すいませんでした」

トールは即座に誤った。

ていうか誤らなきゃ死ねる。

「まぁ、あいつにゃ気をつけろよ。お前があいつに推薦されて入ったかもしれないが・・・

てめえはオレの弟子なんだからよ」

ラルフはそれだけを言い残すと城内へと入っていく。

「弟子・・・か。考えて見ればそうだよな」

実践的なことは何一つとして教わってはいないがラルフは師匠に当たるだろう。

最初会ったときから気に入らないシャルドゥよりもよっぽどマシだし。

トールもラルフのことは嫌いではない。むしろ、好感が持てる。

むき出しで真っ直ぐな闘志、我武者羅だがわかりやすい性格は良い。

「恐そうなおじさんだね」

シャサはぼそりと呟いた。

「そう、じゃなくて実際に恐いんだよ。普通の人なら半日で死ねる」

「えっ・・・恐いね」

「だろ・・・」

トールはそう呟くとそのまま倒れこんだ。

限界に達していたのだろう。緊張の糸が切れてそのまま夢の世界へGOというわけだ。

シャサもそのままトールの胸に倒れこんで寝息を立てる。

二人は朝の見回りの兵士に発見され厳重注意を受けることとなった。

ちなみにそれを聞きつけたとある技術者が兵士T幼女メイドを茂みに連れ込むとふれて回ったという。

 

太陽が頂点に昇るころ起きたばかりのトールは一つの任務を言い渡されていた。

「お前は今日、待機組みだ」

「待機組み?」

「MRが出撃しなければならない場合を想定し待機しておくことだ」

「ってことは結婚式には出れないのか?」

「・・・元々、一兵士のお前は出れんぞ。護衛役ならまだしも」

「そりゃそうだな」

なんとなく出れる気分でいたトールは肩透かしを食らった気分である。

考えて見ればメルの部屋に忍び込んではいるものの護衛ではない。

というか全く逆っぽいが・・・

だが、自分の侵入を許すような奴らにメルの護衛が勤まるのかと心配になった。

直ぐに思い直す。進入初日に殺されかけた。

あの某無免許法外請求の医者よりも闇医者っぽい人のことを思い出す。

「まぁ、仕方ねえか。MRってことはバーンに乗るのか・・・たまにはラスクのところ行ってみるか」

 

「お兄様・・・じゃなかった。トールさんは護衛ではないのですか?」

メルは自分のドレスを着せてくれている侍女に尋ねた。

「トール・・・あぁ、あの大会で優勝した兵士ですか?えぇ、多分違うと思いますよ。

彼は部署が違いますから」

兵士も一応、役割ごとに部署が分かれている。

トールはMRに乗り外敵と戦う戦隊勤務だ。

普段はもっぱら訓練のみを続けているがもし、戦争となれば城を護るために戦うこととなる。

一方、メルなど皇族の護衛はロイヤルガードと呼ばれる人たちにより行われる。

生身での戦闘技術に長け各種乗り物の運転が出来、尚且つ魔法の特性も兼ね備えているエリート中のエリートたちだ。

その立場上、公に中々姿を現さないが何気に強い。

戦隊で彼らに勝てるのはシャルドゥとラルフぐらいだといわれているくらいだ。

トールなどが相手になるはずもなく、またなれる訳もない。

基本体力は高いがMR以外の運転は出来ず魔法素養にいたっては一般人と全く変わらないのだから。

言ってしまえば足手まといになる可能性が高い。

「そうですか・・・」

メルは残念そうな表情で呟いた。

今日はとてもめでたい日なのだ。その日ぐらいはトールと過ごしたかったのだろう。

それも仕方ないことだとメルは割り切った。

今日は笑顔でいなければならない。

折角の姉の結婚式なのだ。彼女の人生最良の日に暗い顔は似合わない。

「・・そういえばシャサもいませんが」

「シャサでしたら起こしても起きないので寝かせてますが」

「はぁ・・・夜更かしでもしてたんですか?」

「おそらく」

侍女はなんで彼女が夜更かしをしていたのか正確な情報を知らないのでそう答えた。

一応、というかトールとシャサが明け方に一緒に寝てたのを知らないものはほとんどいないぐらいに

浸透している。

だが、そんなことをこの少女に説明するわけにはいかない。

純真無垢な瞳が綺麗に着飾られている自分を映し出し驚いていた。

 

ラスクはひたすらにパソコンを叩いていた。

技術者が用いるパソコンには二つの特性がある。

機体の出力や金属耐久度などを計算する物理的なものと

魔導式の組み立ての為に用いる魔法的な意味合いの二つだ。

特に後者はとてもラスクの役に立っている。

何せラスク自身は魔術師でもなんでもないのだ。それが魔導式を組むにはパソコンがいる。

ちなみに魔導式とは精霊の流れを操作する為のプログラムである。

世界は粒子と精霊の二つによって構成されているというこの世界の物理法則から成り立っており。

粒子は機械装置である程度の制御は可能だが精霊は魔法でなくては制御は出来ない。

それらが両者の根本的な違いとなっている。

われわれの世界の物理が粒子だけの物理ということにする。

ともう一つの精霊の動きを制御することによりこちらの物理法則ではありえないことも起こすことが出来るのだ。

ちなみにバーンに組み込まれている魔導式は対魔術術式だけである。

これはいわばコックピットを護るバリアでありありとあらゆる物理的な要因からコックピットを護る。

それは慣性すらもでありおかげでバーンの反則的な加速にもトールは耐えられるのだ。

それの展開にもバーンの鋼力エンジンの出力で補っているのでトールの魔力は一切関係ない。

基本性能だけで言えば誰が乗っても変わらないのだがあまりにピーキーな為に

トールぐらいの操縦技術と動体視力がなければ宝の持ち腐れとなるが。

まぁ、説明はそれぐらいにして現在、ラスクはバーンの出力配分の計算をしていた。

鋼力を何処にどれだけ配分すればトールとマッチするのか問題だ。

幾ら足に力を入れて機動力を増やしても腕の力がなければ敵を倒せないしあまりにも偏ると金属がまいる。

この作業がMRの整備で一番難しい。調整というものだ。

過去の戦歴データを元に計算しているがそれでも分からない。

実戦経験が圧倒的に不足しているのだ。

「だぁ!こんなんじゃヘルダイムに勝てねぇ!!」

ラスクは頭をかきむしり叫び声を上げた。

ラルフの乗るヘルダイムは中々に強力なMRだ。

基本性能も去ることながらそのコンセプトとラルフの相性がかなり良い。

まぁ、完全な近接戦闘用MRというだけなのだが。

「基本性能なら決してバーンも負けてないけど・・・ドライバーとのマッチング・・・かぁ。

厳しいな。この調子じゃ次の戦闘なんて何時あるかなんか分からないのに・・・。

それに僕の構想だとバーンはまだ未完成・・・まぁ、そっちのほうは当分、どうにもならないけど」

ラスクが嘆いていると後ろから忍び寄る影が現れた。

その影はこっそりと近づき彼を射程範囲に収めると電光石火のごとく襲い掛かる。

「隙だらけだぜ!」

「・・・あまいね」

ラスクはその襲撃者に対して何処からか取り出した拳銃を抜き放ち躊躇い無くトリガーを引いた。

「!!!」

その襲撃者・・トールは間一髪でその弾道から体を外しかわしたが・・・

ほんの数ミリで体に当たってましたが・・

「よぉトール」

「よぉ、じゃねぇ!何でそんな物騒なもん持ってんだよ!!」

「えっ、これ?」

ラスクは重厚感バッチシの拳銃を指差した。

トールはコクコクと頷く。

「あぁ、落ちてた」

「落ちてるわけねぇだろ!」

「じゃあ、拾った」

「いや、意味変わってないし。じゃあってなんだよ」

「どんな理由なら納得するんだ?」

「・・・作った?」

「それじゃあ、それで良いや」

「いやいや・・・まぁ、どうでも良いか」

どうでもよくありません。

「それで何してるんだ?」

「拳銃を撃ってた」

「いや、その前まで戻ってみろ」

「う〜ん・・・お昼ごはんはラーメンだっけな」

「いやいや、そこまで戻らなくて良いから」

「そう?まぁ、バーンの調整をしてたんだ」

「調整?」

「そうそう、どうすればトールと相性が上がるか」

「相性・・別にバーンに乗ってて動かしにくいとか無かったぞ」

「まぁ、そういってるうちはまだまだ、なんだよ」

「ふ〜ん」

トールはそう頷いて前方に聳え立つバーンを見上げた。

雄雄しく聳え立つ蒼い鋼の巨人は静かに眠っているかのように見える。

「なぁ、ラスク。何もオレの動かしやすいように出力配分するのが調整じゃないと思うんだ」

「はぁ?どういうこと?」

「バーンにはバーンの特性があるだろ。オレの特性に近づけてそれを台無しにするのは間違ってると思うんだよ。

あいつはあいつなんだ。オレの色に染めるべきじゃない。それはオレもだけど」

トールのバーンを見る目つきはまるで親友である自分を見るような目だとラスクは思った。

そして、その光景こそが自分の待ちわびていたものでもあると確信した。

「そうだね。トールの言うとおりだよ」

「・・なんだよ。嬉しそうな顔して?」

「別に・・・」

ラスクの表情はほころび心底嬉しそうだった。

 

 

程なくして結婚式が始まった・・・

トールはその様子を中継中のテレビで見守っている。

まぁ、メディアどもはレイの結婚と同じぐらいにメルの登場に騒いでいるが。

「まぁ、しゃあないよな。幻の皇女なんて呼ばれてたんだから」

トールは夕食のカレーのスプーンを口にくわえながら喋った。

「元々は結婚式にも出れないはずだったんだよ。でも、無理いって出るんだって言ってた」

シャサは甘口のカレーを食べながら言った。

「大切な姉の結婚式だからな。そりゃ出たいだろう」

「私たちにも出てって言ってたんだけど結局、ダメだったね」

シャサはしょんぼりとした様子でカレーを突き刺している。

「しょうがねえだろ。言っちまえば俺たちは一般ピープルな訳だし」

トールはしょうがないというがシャサは納得できなかった。

大切な友人の姉、それも面識が会って話しもしているのに結婚式に参加できないなんて理不尽だ。

立場や位がそんなに重要なのだろうか。

「む〜〜!!」

シャサは勢いよくスプーンを突き刺し続ける。

「むかつく気持ちも分かるけど食べ物にあたるのはやめとけ」

「でも」

「いくら、いけなくても俺たちの絆がなくなるわけじゃないだろ。それにメルの結婚式には誰が反対しようとも

絶対出てやる。兄として・・な」

トールは成長したメルの花嫁姿を想像して悦に入っている。

「・・だね。うん、何時か三人でこの国を牛耳ろう」

「いやいや、何を企んでるんだよ。お前たちは?」

少々、呆れた様子でラスクがツッコミをいれた。

ラスクがまともなのも珍しい。

「にしても・・・待機組みってオレだけなのか?」

「さぁ?僕は兵士じゃないから知らないけど・・シャサがここにいても良いの?」

ちなみにここはまだ、バーンのいる格納庫である。

三人はやることも無いのでいきなり、鍋と材料をかっぱらってカレーを作って食べているのだ。

後で怒れらるのは間違いない。

「私はメル付きのメイドだから・・・他の仕事は一切やらせてくれないんだよ。それなのに出席しちゃダメって

言われちゃったら私の出る幕無いよ」

シャサはスプーンで唇を押さえて唸っている。

「まぁ、どうせ何にもおこんねえぇって。おっ丁度、誓いのキスするぞ」

トールがそういうと三人の視線がテレビに釘付けとなる。

 

「二人はこれから幾度無く訪れる困難に対しても傍らのものを護り続ける永遠の愛を誓いますか?」

神父が二人に尋ねる。

その場はとても神々しかった。

全ての神々の主として崇められるオウルの神像が置かれステンドグラスには数々の神々が描かれている。

その中にはこの国の神でもある剣の神アカナギの姿もあった。

二人は荘厳とした空気の中、揃って答える。

「誓います」

出席者一同はその様子を固唾を呑んで見守っていた。

「それでは主、オウルの前でその誓いの印をささげよ」

まぁ、言ってしまえば誓いのキスだ。

二人は向かい合うとシャルドゥはレイのケープをどかし真正面に彼女の顔を見る。

レイもまた、彼の顔をじっとを見ていた。

絶世の美女と美男子のキスシーン。

注目しないわけが無い。

出席者もテレビ関係者たちもテレビからそれを見守る視聴者たちも食い入るように見守っていた。

二人は少し頬を赤らめながらその唇と唇を重ねた。

 

「おーーーーーー」

三人は同時に感嘆し声を出している。

「いいなぁ、私も何時か」

「ませたこと抜かしてんじゃねぇよ。ガキ」

「トールは結婚しても結婚式に呼ばない」

「なんだと!恩人であるオレを呼ばないと呪われた手紙が毎日お前の家に届くぞ」

「うぅ!」

シャサはそう唸るとすねてそっぽを向いてしまった。

「何だ・・・?」

「さぁ、よく言うじゃないか。女心と秋刀魚は難しいって」

「何故、秋刀魚?」

トールは疑問を浮かべている。

そんなこんなで結婚式は最初のひと段落が着いたようだ。

 

それから、数時間後

「はぁ、お姉さま。綺麗です」

メルが純白のドレスに身を包んだレイを見上げ感動していた。

それは誰でも思うことだろう。

彼女の周りからはまるで聖なるオーラが流れているかのようだ。

「貴方も何時か着ることになるのよ。相手は誰かしらね・・・」

レイのオーラが一瞬、どす黒くなったような気がするが気のせいということにしておこう。

「め、メルですか!?・・・えっと、メルには別に好きな人とかは・・・」

メルは恥ずかしそうに顔を赤くしてうつむいてしまう。

そんなメルの姿を見てレイの心は痛んだ。

おそらく、メルはトールのことがすきなのだろう。

まぁ、それが恋心か年上を慕う気持ちかは知らないが・・・

だが、その想いが成就することは無いはずだ。

二人の想いがこれからどう変化するのかわからない。

だけど・・彼女の立場はそれを許してくれない。

例え、トールがどれほどの戦果をあげ英雄となろうとも

メルは他国との交渉の材料となる。

皇族という立場は他の国との関係を強めるためにはとても重要なものだ。

現にゼンの妹は他国へと嫁に出されている。

レイは第一皇女で皇位継承者だからこそ自国内の者と結婚は出来たしそれは愛するものだった。

だが、その妹は・・・病弱な妹は・・・

「レイ様」

「分かってるわシェル。ごめんないさいねメル。私はちょっとお父様の所へ行くから」

レイはそういうと侍女王様をつれて歩いていった。

「どうしたんだろう・・・お姉さま・・何か悲しそうだった」

メルは不思議そうに呟いた。

その様子をビーンはただじっと見守っていた。

そして、その瞳は何時もの虚ろなものとは違いまるで研ぎ澄まされたメスのように輝いている。

 

「レイ様・・・」

「分かってるわシェル。でも、あの子が不憫でならないのよ」

「分かります・・・ですがこれは決まってきたことです」

「どうしてあの子だけなのかしらね・・・病弱で生きるのもやっとで立場の為に愛すらも不自由で・・

それなのに・・・あの力さえも・・」

「あの力・・?」

侍女王様は聞き覚えの無い言葉に驚く。

流石に全てを知っているわけではないと思っていたが・・・

メルには何かがあるのだろうか・・

「これはたとえ貴方でも言えないの・・・あの子も知らないこと。だから、忘れて」

「はい」

侍女王様は命令に従った。

気になることだがレイが忘れろということだ。

これ以上の詮索は出来ない。

それが例えレイの心に悲しみを生む原因であってもだ。

 

「エンシェント・・」

シャルドゥは玉座に座るゼンに話しかける。

「確か・・メタルレプリカを思い通り操ることが出来る異能者のことだったか」

「えぇ、一般的な講義ではそういうことになっていますね」

「それが・・・どうしたのだ?」

「ですが、それはあくまで一般的なものでしかない。本来、その力は別の目的があったとか?」

「別の目的・・・エンシェント、太古の者と名づけられたその者たちの目的がどうしたというのだ?」

「・・・いい加減、とぼけるのはやめてください」

「とぼける・・・とな?」

「貴方は全て知っているはずだ。エンシェントの力とその目的も・・・・

エンシェントの一族であるシャトレーゼ皇家の王ならばな」

シャルドゥはそう言うと剣を抜き放った。

何の装飾も無い。ただ一振りの片刃の剣。

それは紛れも無く武器である。人をモンスターを斬る為に作り出された獲物・・・

それを一国の皇。それも自分の主に向ける行為は騎士として大罪である。

だが、シャルドゥの表情にはそれは微塵も感じられなかった。

「・・・シャルドゥ、貴様。どこでその話を知った?」

ゼンは明らかに動揺している。

知られるはずが無い。知っているはずが無いはずだ。

「それは驚くでしょうね。ですが、私の真の主は貴方よりもよっぽどエンシェントに詳しい存在でしてね。

彼はエンシェントを求めているのですよ。あの力を・・・神を手なずける力を・・」

ゼンは立ち上がると玉座の部分に隠されていた剣を抜き放つ。

その瞳には殺気が込められていた。

「貴様・・・何処まで知っている?」

「さぁ・・・ほとんど知らないでしょうね。推測でしかありませんがあの力は人の存亡に関わるもの・・・

永遠の忘却・・・つまり、メタルレプリカに並ぶほどに、いえ、それ以上に謎な者」

「たかが一介の騎士風情が知っていいことではない」

「一介の騎士・・違いますよ。私はレイの夫。言ってしまえば次期皇王です。知る権利はある」

「ないな・・・貴様は危険な存在だ。レイにはすまぬが・・今、この場で処刑してくれる」

「やれやれ・・・私が個人で動いてるなどと思っているのですか?」

「・・・そうだな。貴様の背後にいる者の名・・・聞かせてもらおうか?」

「知ってどうなります?」

「わが国の総力を持ってしてでもその組織・・潰す」

「ふっ・・・ふふふ・・・フハハハハハハ!」

シャルドゥは天井を仰ぎ大笑いを始めた。

何がそこまで可笑しいのか彼は笑い続けている。

「この国の総力ねぇ・・・こんなちっぽけな小国の総力でどうにかなるとでも?」

「何だと・・・!!」

「では・・教えてあげましょうか・・・私の背後にいる組織。

傭兵集団ヴェルフォース」

「!!何だと!!」

ゼンは驚愕した。

一国の王でこの名前を知らぬものなどこの大陸には存在しない。

それはそれほどに有名にして強大なものだった。

傭兵集団ヴェルフォース。

その名の通り傭兵どもの集まりだ。

だが、その実力と組織力は圧倒的だった。

傭兵王ヴェルの下に結成されたその組織の武力は大国にも匹敵しその末端のものでも国のエリート兵クラスの

実力が備わっていると言われている。

シャトレーゼの総力をかけたところでどうにかなる相手ではない。

だが・・・

「何故、ヴェルフォースが・・・奴らは金のみで動くただの傭兵のはずだ。依頼が無ければ例えそれが利益になるとしても

動かないはず」

「さぁ・・・私もそこまでは知らないのですよ」

「・・・貴様ほどを持ってしてもヴェルフォースでは下っ端ということか」

ゼンは哀れむと同時に途方も無いものを感じていた。

シャルドゥは間違いなくこの国でも最強の戦士だ。

だが、それでもヴェルフォースは一構成員でしかない。

それが実力主義のはずのヴェルフォース内である。

そこのトップクラスの実力など考えたくも無い。

「そうです・・・だからこそ、私はこの国を手にいれやつらに示すのです。私こそが魔王の六翼に

相応しきものだとね!」

「それで私を殺すか・・・だが、私を殺したところでお前にこの国は手に入らぬさ」

「問題ありませんよ。そのためのことをすみました。後は貴方を殺し・・・

メルを彼らに差し出せば終わりです」

「!貴様・・・やはり、知っていたか・・・」

「当然でしょう。出なければ動けませんよ。最初はレイだと思って近づいたんですけどね・・・

全くの的外れでした・・まさか、あの病弱な妹がね・・・まぁ、見る目で見ればあの娘は

強大なエネルギーの塊だ。それに体がついていけないのも分かりますよ」

ゼンは剣を持つ手に力を込めるとシャルドゥに斬りかかった。

何としてでも今、こいつを始末しなければならない。

例えヴェルフォースに狙われていようがここで屈するわけには行かないのだ。

大切な娘たちと国民を護るためには・・

「老骨が無理をする!」

シャルドゥはゼンの渾身の一撃を軽く受け止めると跳ね飛ばした。

腐っても英雄。その実力は半端ではない。

「貴方は黙って死ねばいい。エンシェントの価値も無い老いぼれはね!」

「それでもわしには護るべきものがある!」

振り下ろされる斬撃を受け止めるがその力の前に腕が押されていく。

「無駄ですよ・・・この国で私に立ち向かえるのはラルフくらいだ・・・いくら、昔は最強と言われていようが

今の貴方はただの老人でしかない。権力の座の上に座るだけのただの老人だ」

「だからこそ・・・わしは死ぬわけには!」

「しぶといですよ!」

シャルドゥは一旦、剣を離すとゼンの手に蹴りをいれる。

その衝撃にゼンは剣を離した。

その隙を逃すわけが無い。

「さようなら」

 

 

緊急警報が格納庫内に鳴り響いた。

トールは手に持っていたカードを投げ捨てると立ち上がる。

「なっ!」

トールは慌ててバーンに駆け寄るとワイヤーフックを引いて上へと上っていく。

そして、コックピットシェルを開放すると中に乗り込んだ。

「起動キー!」

トールは鍵を差し込むと回す。

鋼力エンジンが起動し各種パーツに動力が移っていく。

そして、蒼い瞳が輝きを放った。

 

「戦争なの?」

不安そうな様子でシャサがラスクに尋ねた。

「いや、多分ただのテロだと思うけど・・・」

ラスクも断言が出来るわけではない。

だが、いきなり戦争が始まるだなんて思うはずも無かった。

「でも・・・なんだろう。凄く恐い胸騒ぎがするんだよ・・」

シャサは開け放たれた隔壁の外に広がる夜空を見上げ呟いた。

 

人の幸せなど不確かなものでそれが崩れるのなんてのは何時の日だって突然だ。

それを噛み締めることはとても歯がゆく苦しいことだ。




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