鋼の鳥の群れがその巣へと帰還する。

広大な平地の上に作られた巨大な基地エアロベース。

そこは空艇師団の所属する基地であると同時にエアーズ軍の総司令部でもあった。

地上には管制塔とエアーズ地上軍の格納庫が置かれている。

しかし、この百隻近い空艇を格納する場所は見当たらなかった。

キングオブエアーズが広大なコンクリートの大地の上に停止する。

すると大地が割れ、巨大な穴が出現する。

まるで地震のような地響きをたてながら大地に穴が開いた。

そして、その穴の中へキングオブエアーズは降りていく。

ゆっくりと風を巻き起こしながらその巨大な怪鳥は落下していった。

その身は大地へと吸い込まれ断面層に映し出される何層もの格納庫を通り抜けながら

開いた隔壁を通り自分が帰るべき場所へとその身を置いた。

 

その巨体が着陸した割には静かなものだった。

トールは自室で眠っていて全くそれに気づかなかったほどである。

それと同時に鳴り響いたビーコンによりその睡眠は破られはしたが。

「なんだ?」

浅い眠りだったトールは直ぐに覚醒すると通信機に話しかける。

初めて使うものだがその基本はシャトレーゼにあったものと代わりは無い。

何の問題も無くそれを使う。

「エアーズに到着した。ブリッジに来い」

通信機から冷たい声が言い放つ。

何の感情もはさまないまるで機械のような声だ。

それが通信機から流れればまるで本物の機械音声のように感じる。

だが、トールは別段感想も無く通信機を置くと大きく伸びをした。

「今、地上かぁ・・・さっきまで飛んでたんだよな」

トールは今更ながら感嘆としていた。

かれこれ生まれてから18年間。彼は空艇などに乗ったことはなかった。

メタルレプリカによるジャンプで滞空していたことは無かったが空を飛んだことは無かった。

それが最初に乗ったのは皇室脱出用の空艇。次には化け物のように巨大な空艇だ。

更には自分のバーンまでも飛行できるようになりワイバーンとなった。

城を脱出したり、色々悩んだりとで実感がわかなかったが凄いことだ。

「で、今はエアーズか・・・どれくらいかは分からないが。随分と遠くへ来たもんだな」

トールは実感のわかない頭をかきながらその部屋を後にした。

 

キングオブエアーズブリッジ

トールたちシャトレーゼ脱出組の前にファルクは何時もどおりの仏頂面で立っていた。

だが、何時もよりもその場の空気はピリピリとしているのが感じられる。

何時もふざけているトールとラスクも真顔でその顔を見ていた。

「エアーズ軍最高司令部の決定を伝える。

メル=シャトレーゼはエアロベース内にて保護。

ラスクはエアロベースの研究員の一員として配属。

ワイバーンは空艇師団の戦力として徴収。

トールとシャサはシャトレーゼでのことを忘れ、エアーズ市民として生きろ」

ファルクは的確に事実だけを伝えていく。

その言葉に隠された意味など無い。

それがトールたちに与えられた役割だった。

トールとラスクはさほど反応しない。何となく予想はしていたのだろう。

メルも悲しそうな表情をしているが黙ったままだ。

しかし

「何で!何で私たちが離れ離れにならなきゃいけないんだよ!

一緒にシャトレーゼを取り戻す為に戦ってくれるんじゃないの!?」

シャサはファルクに挑みかかるような視線を投げつける。

真っ赤な瞳がまるで灼熱の太陽のように燃えているようだ。

「貴様らに協力するメリットは無い。これでも随分と擁護したのだ。

最悪の場合、トールとラスク、シャサは監禁。ワイバーンは解体のところだ」

ファルクは冷たく言い放つ。

基本的に現在、トールたちは国家反逆罪で追われている立場だ。

いわば犯罪者。シャトレーゼに突き出しても問題は無い。

だが、その背後にヴェルフォースがいる以上、メルを返すわけにはいかない。

メルはエンシェント・・・その力を狙われているのだ。

むざむざ、渡すようなまねなどしない。

それに証拠であるトールたちを野放しにするわけにもいかない。

それと下手に問題を起こして戦争を起こすわけにもいかない。

シャトレーゼの国民は何の罪も無いのだ。

それを戦いに巻き込むわけにもいかないしヴェルフォースと真正面から戦うのも得策ではなかった。

だが、シャサには分からなかった。

なぜ、このようなことになるのかが・・・納得できなかった。

メルは自分の家族と国を奪われたというのに

それなのに大切な友人である自分たちと引き離すというのか!?

彼女の為にがんばろうと決意していた自分たちに全てを忘れろというのか!?

理不尽を感じ心の底から炎が燃え上がるようだ。

シャサは地団太を踏んでいらだっている。

「何で・・・なんでだよ。メルは親を殺されたんだよ。お姉ちゃんをとられたんだよ。大事な国をおわれたんだよ。

協力して助けてあげるのが良い事なんじゃないの!?大の大人がそんなことでいいの!?」

分からない・・・分かりたくも無い。

そんな勝手な大人の理屈なんかに屈したくなかった。

純粋な子供の心は、真実を見ていた彼女の言葉はファルクには届かない。

冷たい視線で泣き喚く子供を呆れた様子で眺めていた。

シャサの瞳に怒りのごとく涙が溜まる。

顔を赤くして怒りをこらえる。

そんな彼女の頭に優しくて暖かいものが重なった。

それは慰めるように彼女の頭と髪をなで上げる。

「まぁまぁ、落ち着けって」

「・・・でも」

トールはそのままシャサの頭を抑えると自分のほうへと招き寄せる。

そして、その顔をズボンに押し付ける。

「お前の優しさ・・・メルには届いてる。今はそれで納得してろ・・・今はな」

シャサはトールのズボンにしがみつき雫を流し始めた。

悔しさよりもトールの優しい言葉が嬉しかった。

暖かい手のひらが優しい言葉が傷ついた心を優しく包み込んでくれている。

「シャサ、メルは大丈夫だから。心配しなくていいです」

更に追い討ちかけるようにメルが優しく背中からシャサを抱いた。

少しだけ年上のメル・・・色々としがらみを抱え、大人たちの駆け引きを見てきた少女は

精神的にもシャサよりも大人だった。

だが、トールは少しそんな彼女を見て悲しくなる。

もっと素直になればいいのに・・・だが、そんなことを言っても何もすることは出来ない。

素直な気持ちを述べさせてもその通りにやらせてやれない。

自分の無力さが歯がゆかった。何の力の無い自分が恨めしかった。

「まぁ、泣いててもしょうがないよ。ね、副長さん」

ラスクはファルクを見ていった。

何時ものようにおどけたような口調と表情・・・だが、目の奥に揺らめく輝きは違った。

この処置には納得している。

だが、その態度が納得いかなかった。

「ラスクはそこの兵士についていけ。トールとシャサはガトアが案内しろ。メル様は私が連れて行く」

「っつうことだ。何時までいちゃついてないでさっさと離れて来い!!」

ガトアは目の前でシャサの頭を撫でているトールに私怨の炎を燃やしている。

トールは何でこいつが、と思いながら呆れた表情で見ていた。

ふとその時、何かを思い浮かべにやりと笑った。

トールはしゃがむとシャサの背と脚に手を回し持ち上げた。

「えぅ・・・な、何するんだよ!」

シャサはいきなり持ち上げられて困惑している。

いわゆるお姫様抱っこというものをしているのだ。

恥ずかしそうにシャサは顔を赤めている。

「いやなに・・・泣いてたお子様には優しくがオレのモットーだから」

実の理由はガトアに見せ付けるためだということは明らかだ。

だが、そんな理由を知らないシャサは顔を赤らめている。

「泣いてないしお子様でもないよ!」

そうは言うものの降りようともしない暴れもしない。

「泣いてたしお子様だよ。お前は・・・なぁ、ガトア」

トールは見せ付けるようにガトアに話しかける。

案の定、ガトアは悔しそうに歯軋りを立てていた。

「くっ・・・サラサ様!どうぞ、私の腕に!」

我慢しきれなくなったガトアは腕を広げサラサのほうを向いた。

「何故、我がお前の腕などに乗らねばならん。そんなことしてないでさっさと連れて行け!」

サラサはガトアに向かってクナイを投げつけた。

クナイの刃がガトアの頬をかすめ赤い細い線が走る。

それよりもガトアはサラサに拒絶されたショックで真っ白になっていた。

「いいから、とッと案内しろよ。犬」

「・・・犬?」

シャサは不思議そうな表情でガトアを見る。

獰猛そうな顔をしているが犬には見えない。

「あぁ、あいつはなオレの犬なんだ。従順で決して飼い主に逆らわない・・・な?」

トールがそういうとガトアはビクリと硬直する。

こんなところであのことを言われれば命は確実に無い。

いや、それよりも彼にとってサラサに嫌われるほうが重大な問題だった。

手遅れ感は相当なものだがそれに気づいていない幸せ者ということだろう。

「ガトア=サイグウ少佐、トール殿とシャサちゃんの案内に行ってまいります!」

ガトアはそういうとそそくさと出口へと歩いていく。

その後をトールがついていこうと歩き始めた。

まるで羽根のように軽いシャサを持ってることなど全く苦にならない。

「じゃ・・・またな」

トールはそれだけ言うとさっさと行ってしまった。

メルはジーっとその姿をうらやましそうに眺めていた。

「さてと・・・メル。僕とトールはどんなときでも君の味方だから」

「はい・・・お兄様のことは信じてますから」

メルは笑顔で応えた。

確かに離れ離れになり知らない場所へと送られる恐怖はある。

だけど、トールの残した言葉・・・またな、という簡単な言葉。

だが、それが全てだ。

再び出会えるという約束・・・それだけでメルはその恐怖に打ち勝てる気がした。

 

そして、ラスクとメルもそれぞれが行く場所へと送られる。

ブリッジに一人、サラサは艦長席に座りため息をついた。

「何故、我が悪役などをやらねばならんのだ・・・」

「苦しいですか?」

突如として闇から一人の男が現れる。

黒装束の男・・・名はダムド。シロガネ流の忍者でサラサの護衛役を務めるものである。

「あの少女・・・シャサの言葉は真っ当な意見だ。だが、それが出来ない歯がゆさ・・・理解してもらえるかな」

サラサは資料に映るシャサの笑顔を見て呟いた。

何の屈託の無い純粋な笑顔・・・子供だけが持ちえるもの。

それに比べて自分は薄汚れてしまったとサラサは感じる。

それが生きるうえで必要なことだとしても悲しいと感じていた。

「大丈夫だと思いますよ・・・それにあのトールと少年は意外と大人だ。納得してくれるでしょう」

「いや・・・あやつは大人ではない。普段の態度で分かる。ただの子供だ。何も分かってない・・・」

サラサは厳しく批判する。

確かに普段の態度はふざけているし人を落として入れることも平気でする。

「だが、理解力は凄いな・・・そして、責任感も。自分がシャサやメルよりもしっかりしなければならないという

気持ちが奴をそうさせるのか・・・あるいは本来の性質かは分からん。

我としてはエンシェントであるメルよりも興味深い存在だ」

サラサはトールのことを評価していた。

類まれなるMRの操縦技術もさることながら普段の飄々とした様子からは分からないぐらいに

真剣な場面で彼は大人だった。

落ち着いて流を見る冷静な瞳・・・それがあるから戦闘でも強いのだろう。

何よりシャサやメルを不安にさせたくない、救いたいという気持ちでもある。

「私も彼は中々の逸材だと思います。できれば我々と共に戦って欲しいですが」

「無理だろうな。奴は大人だが冷めた奴ではない。時に本気で怒ることも知っている。

それに・・・奴は戦争には向いてない。奴は戦場の英雄よりも姫君を護る騎士のほうが相応しい」

「随分と彼のことを買っておられるのですね」

「なに・・・仮にも我を負かした者・・・その程度の器があったと思わなければやってられないさ」

サラサはニヤリと笑みを浮かべる。

「だから、奴には重要な役目があるのだ・・・エンシェントの力など戦場にはいらぬのだから・・・

子供が笑顔でいられない世界など・・・来てはならぬのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機 鋼 神 王

第二章

空、近く

第十話

空に近い国

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

限りなく続くほの暗い通路

空気は湿り、黴臭いことからあまり使われていないのだろう。

申し訳程度の明かりを頼りに渇いた音を暗闇に投げかけながら赤メッシュの男が歩いている。

その後ろを青い髪の青年とヨタヨタと手探りで歩く赤い髪の少女がついていた。

シャサは地面のでっぱりにつまずき転びかける。

「えぅ」

そのまま、眼前にコンクリートの地面が見えた瞬間、ガクリと加速が止まった。

トールが首元から伸びるフードを掴んで空中に停止させたのだ。

「なにやってんだ?」

トールは呆れた表情で尋ねる。

だが、その言葉はシャサの耳には入っていない。

なぜなら布が首を締め付けているからだ。

「えぅぅぅぅぅぅ・・・」

うめき声を上げながらシャサは首元を掴んでいる。

それに気づいたトールはフードから手を離すともう一つの手で少女の体を支えた。

「し・・死ぬかと思ったよ・・・」

まだ、違和感を感じる首をさすりながらシャサは呟く。

「気をつけろよ。転んで泣いても置いてくからな」

「そんなんで泣かないよ!」

「はいはい・・・」

トールはそういうと手を差し出した。

「・・・何?」

「手をつないでやるよ。ガキには誘導が必要だろ?」

トールが見下すような目つきでそう告げるとシャサはにこりと微笑んだ。

そして、大きく手を振り上げるとそのままトールの手をはたく。

渇いた音はトンネルの中に心地良い位に響いていた。

「・・・っってぇ!」

トールは赤くなった手をさすっている。

その横をシャサは大きくツインテールの髪を揺らしながら歩いていった。

酷く気分を害しているらしい。

「オラッ!喧嘩してないで付いて来い!」

先に歩いていたガトアが歩いてきた。

どうやら、トールとシャサが止まっているのに気づかず歩いていたようだ。

「わかったわかった・・・しかし、何だよこの無駄に長いトンネルは?」

トールはかれこれ、30分近く歩き続けている長いトンネルに文句を言っている。

来た道を見てみればもはやその先には闇しか広がっていない。

「これはエアロベースからお偉いさん方が脱出するための隠し通路だからな」

「へぇ、移動用の乗り物とかは無いのか?」

こんな長い通路をあるこうなんて気の起きる偉い奴がいるのだろうか?

普通ならこんな長くて広い通路なら乗り物の一つもありそうなものだ。

「あぁ、一応、電車が通ってるが使用許可がおりなかったからな」

「おいおい・・・いいじゃねぇか、電車の一本ぐらい。けちけちしないで乗せろよ」

「長い間、使用してなかったから動かすまでに時間がかかるんだとよ」

「いいのかせれで?緊急事態があった場合はどうする気だよ?」

もし、エアロベースが襲撃され陥落するようなことでもあればここから逃げなければならないというのに

緊急脱出用の車両が使えないのではこうして歩いて脱出するしかない。

「まぁ、天下のエアーズが負けるわけが無い。俺たち空艇師団がいるんだしな」

ガトアは自信満々に自分を指差している。

トールはガトアの強さを信頼してないので更に不安が募るばかりだ。

これで少佐の役職がやっていけているのだろうか?

疑問ばかりが募る。

「まぁ、雑談はここまでにしよう」

「そうだな。さっさと行くか」

トールは歩き始めようとした。

欠伸をしていたシャサもそれをかみ殺し再び歩き始める。

「待て待て、重要な話があるんだ」

「サラサに告白するって?なら、それに必要な道具を教えてやるよ」

「本当か!?」

ガトアは機体に胸を膨らませ聞き入った。

「あぁ、遺書は用意しておいたほうが良い。その後、自殺する手間が省けるからな」

その瞬間、トールに向かってガトアのアッパーが決まった。

怒りに燃えるガトアはその筋肉を活性化させ二倍のスピードで拳を放つ。

さしものトールもそのスピードにはついていけなかったようだ。

「殺すぞ!まずは手前が遺書を用意しろ!」

ガトアはトールを指差して叫んだ。

「くっ・・・シャサ。ちょっとこっち来い」

「何?」

シャサはトールのほうへ駆け寄ってくる。

「いいこと、教えてやる。実はな・・・」

「だぁ!!オレが悪かった。お前の言うとおり告白の前に遺書は用意するからそれだけはやめろ!」

「分かれば良い」

トールはふんぞり返っている。

それでも顎は確実にヒリヒリしているが。

「って、そうじゃない。本当に重要な話だ!手前ら、聞き逃したら一生後悔するぞ」

ガトアが必死になって叫び声を上げる。

狭いトンネルの中でエコーしてとても迷惑だ。

トールとシャサは耳を押さえて不満げな顔をしている。

「はいはい、分かった分かった。で、なんだよ?」

これ以上、話の腰を折っていても仕方ないと聞いてやることにした。

「やっとか・・・いいか。俺たち空艇師団・・・いや、シロガネ流忍者はお前たちの味方をする」

「俺たちの・・・?」

先ほどはまるっきり協力する態度など見せなかったというのに。

にわかに信じられない話だった。

「流石の俺たちも首相の命令をいきなり無視するわけにはいかないのさ。お前たちに協力するだけでエアーズという

宿木を失うわけにはいかないからな」

「それじゃあ、極秘に俺たちを手伝うってのか?」

「あぁ、時期が来てチャンスが来れば・・・」

 

「メルを強奪して逃げ出せって・・・無茶苦茶言うね」

事情をダムドから聞いているラスクは呆れていた。

「そのための準備は我々が行います。お前たちは実行犯になればいいだけです」

「シャトレーゼの次はエアーズで犯罪者になれってこと?」

ラスクのその返しにダムドははっきりと頷いた。

何のためらいも無い。

「しょーがないな。汚名を重ね着してもあんまり変わらないしね」

元の罪状からして死刑は免れないだろう。

だったらこれ以上、罪を重ねようが大して変わるものでもない。

「すみませんね。そのまま我々が罪をかぶり貴方たちを逃がせばいいだけですが・・・そういうわけにはいかないのです」

「まぁね・・・でも、腑に落ちない。何で僕たちに協力するの?ヴェルフォースの手からメルを護るならこの国のほうが

都合はいいはず。貴方たちもいるというのに」

これほどまでに軍備が揃った大国ならばメルをヴェルフォースから守り抜くことも出来るだろう。

万が一戦争になっても簡単には負けないはずだ。

しかし、それでもメルを逃がそうとする。

エンシェントの力が危険でヴェルフォースに渡すわけにいかないならここで事足りる。

それでもなお、自分たちにメルを託す理由が分からない。

「エアーズもメル殿を利用しようとするでしょう。おそらくはエンシェントの力の解明の為に人体実験もいとはないはずです」

 

「ふざけるな!」

トールはガトアからメルが恐らく実験されるであろうことを聞き叫んだ。

暗い洞窟の中を怒声が響き渡る。

「オレだってそう思うさ。だが、サラサ様の権限を持ってしてもそれを止めることは出来ないだろうさ。

エンシェントは何の訓練もなしにメタルレプリカを操りその力を数倍に高めるという。

その秘密を解き明かせればどれだけの戦力増強になると思う?」

「しらねぇよ!たかがそんなことの為にメルに危害を加えてみろよ・・・絶対に潰す!」

トールの目は本気だった。

力の解明の為に薬物投与や呪術など、それこそ命の危険が伴うことさえするはずだ。

体の弱いメル・・・そのせいで幸せとは言いがたい日々を送ってきた少女をこれ以上、不幸になんてさせない。

それでなくてもそんなことは許せない。

トールの魂はそんなことを許そうとはしない。

「分かってるさ。だから、俺たちはお前に協力してやろうというのさ」

「メルの為に?」

シャサが尋ねるとガトアは首を横に振った。

「いや、正確にはエアーズのためか・・・そんな力はあっちゃならんのさ。

強すぎる力は己自身も滅ぼす。我が流派の教えにもある」

弱き者が突然として強い力・・・それでなくても他者よりも圧倒的な力を手に入れたら。

その瞬間に欲望は膨れ上がり新たなる野望へと変わるだろう。

その危険性がある以上、エンシェントの力など有ってはならないのだ。

「事情は分かった・・・こっちとしても願ってもないことだしな」

再び犯罪者の汚名を着ねばならぬというのは少々、心苦しいがメルのためだ。

それも仕方ない。

「うん・・・ごめんね、さっきは怒って・・・」

メルは先ほどブリッジで騒いだことを思い出し顔を赤らめながら頭を下げた。

「いや、何。サラサ様も気にしてねえよ。それに怒って当然だ。友達が連れて行かれるのを黙って見てるなんざ

漢じゃねえからな」

「シャサは女だよ」

「五月蝿い!分かってるんだよ、そんなこと!」

ガトアはありきたりなツッコミに怒声を浴びせるとそのまま彼らに背を向けた。

「何処に行くんだ?」

「エアロベースに戻るのさ。どうせ、後は真っ直ぐ行くだけなんだからな」

「そうか・・・ありがとう」

トールは本心からその言葉を口に出した。

嘘偽りなど一切無い。

彼らのおかげで希望がつむげた。まだ、トールたちの願うようになるはずだ。

「よせよ・・・サラサ様がこんなことを言わなきゃ。俺はお前を殺してたぜ」

ガトアはトールとラスクに犬扱いされることを許してるわけではない。

口封じの為に息の根を止めようとも思っていた。

だが、サラサの言う命令の為にはトールとラスクは必要不可欠だ。

「生きてるか問題ない。じゃあな、期待してるぜ」

「頑張ってね。おじさん」

トールとシャサが笑顔で手を振った。

「(おじさん!?)」

だが、ガトア(23歳)はシャサにおじさん扱いされたことをショックを受け。

背中に哀愁を漂わせながら闇へと消えていった。

「さて・・・後、どのぐらい続くんだ?」

「・・・えうぅ・・・」

トールとシャサは目の前に広がる闇を見つめて呟いた。

果てなど一切、見えない。

 

エアーズの空港

一時間近い道のりの末にトールとシャサは何とかそこまで辿り着いた。

狭くて空気の悪い空間を歩き回ったせいでトールとシャサは疲労している。

そんな彼らの前にスーツ姿の一人の男が書類を持って現れた。

「貴方がたがトールさんとシャサさんですね」

男はメガネのずれを直し尋ねた。

メガネのレンズが蛍光灯の光を反射して表情は良く分からない。

だが、何となく見下しているようなオーラを出している。

「えぇ・・・あんたは?」

「私はエアーズ軍諜報部の者です。これから彼方がたがこのエアーズで暮らすことについての説明を行います」

「はぁ」

トールは軽く頷いた。

何か色々と決まりごとが多いのだろうともはやほとんど聞く気はなかった。

疲れた体は彼に集中力などというものを与えてくれない。

「まず、彼方たちはこれから名前をトールさんはルート。シャサさんはサシャと名乗っていただきます」

その一言にトールはこけた。

「いや、ちょっと待て。もう少し偽名つけるならひねろよ」

「案外、分からないものですよ。それにエアーズ国民がシャトレーゼの情勢を気にするとは思えませんし」

トールの訴えは即効で却下された。

それにしても名前の配置を微妙にずらしただけという子供じみた偽名に開いた口が閉じない。

いいのだろうか。これで?

「それから貴方がたはここより南方に位置する小国ワルワットから亡命してきたことになっています。

理由は近親婚が不可能なワルワットから近親婚が可能なエアーズにかけおちとなってます」

「ちょっと待てぇ!」

「これがワルワットの資料です」

「いや、オレの声を聞けよ!!」

トールの異議を目の前の男は無視している。

思わず資料を受け取った後にもう一度の叫びでようやく反応してくれた。

「なんですか?」

「いや、理由はもう少しどうにかならないのか?」

これではトールとシャサが夫婦ということになってしまう。

それは倫理的に考えても大問題だ。

「ふぅ・・・貴方がた二人が何故、エアーズに亡命してきたのか・・・そのメリットを考えた場合の当然の処置です。

年の離れた二人が何故、一緒にエアーズに亡命してくるのか。法律を考えればこれぐらいしかありません」

男は断言した。

「う・・・だったら別に兄妹じゃなくても。シャサぐらいの年なら結婚は無理だろ?」

せめて、汚名は少なくしようとトールは必死になっている。

「ワルワットは結婚に年齢制限はありません。それにその年の少女に手を出す時点で世間の目は冷たいのですから

今更、妹じゃなくしただけでは変わりませんよ」

男はバカにしたように口元をゆがめる。

トールは怒りを覚えるよりも先に嘆いていた。

何故だ・・・何故、ロリコン・・・しかも、シスコンの汚名まで着なければならないというのだ!?

オレはそこまで日ごろの行いが悪かったというのか・・・と。

日ごろの行いは十分に悪いので自業自得としか言いようが無い。

「えうぅ・・・やだよ。トールの愛妻だなんて」

シャサは勝手に愛されてる設定を加えた。

「オレもやだよ!」

「貴方がたの住所の場所を示した地図です。仕事は無いので自分で探してください」

男は嘆いているトールを無視して地図などを渡した。

「って、お前はその場の空気を読めよ」

「空気は読むものではありませんよ。吸うものです」

「屁理屈聞きたいんじゃねぇよ!」

「なら、静かに説明を聞いてください」

トールは上手く返されてしまい何も言い返せなかった。

そんなトールを見てシャサは笑っている。

トールは怒りに任せて拳を振るいそうになるが必死に我慢している。

奥歯を噛み締め、拳を握り締め・・・そして、どうにか平常心へと戻っていった。

「これが住民票とキャッシュカードです。口座の中には1000万ギラ入っています」

「・・・口止め料か?」

「はい、貴方がたは過去を全て捨てて新たな人生を生きるのです。その為の資本としては十分だと思いますが?」

男はあくまで事務的な態度で言った。

全てを捨てて・・・確かにしがらみなくなるしこれだけの金があれば自由に暮らせる。

シャサと夫婦だという妙なオプション付だが魅力的な話だ。

だが、トンネルで聞いたガトアの話があるからトールはその話を承諾した。

シャサも分かっている。

これから始まるのは仮初の生活だ。

過去なんて捨てないし新しい人生など踏み出す気は無い。

トールが生まれてからずっとその道は途切れずに今もなお続いているのだ。

住民票とキャッシュカードを受け取る。

「だな。それじゃあ、ありがたくもらっておいてやるよ」

トールは不敵な笑みを浮かべ男の顔を見た。

「それと服は変えていってくださいね」

男に言われて二人は改めて自分の服を見てみた。

シャトレーゼの軍服とメイド服・・・

明らかに一般人じゃない。

「着替えはあちらの部屋に用意してありますので」

男に案内され二人はそそくさとその部屋へと入っていった。

 

空港の前の駐車場で二人は乗るはずのバスを探していた。

青色のYシャツとジーパン、その上に薄手のコートを羽織っている。

シャサはピンクのフード付のトレーナーとチェック模様のスカートをはいていた。

「こっちだと思うんだけどなぁ」

トールは空港のロビーでもらってきた見取り図を開きながら辺りを見回している。

春先の優しい風がトールの髪をなびかせていた。

その横でシャサは青天の空に輝く太陽を見上げていた。

「ねぇ、トール。メル、大丈夫だよね?」

シャサは空を見上げたままに尋ねる。

赤い髪が風に揺れて煌いていた。

「心配なのか?」

トールは視線をシャサへと移し尋ねた。

太陽の光を受けてまるでルビーのような輝きを放つ赤い瞳・・・

幼い顔立ちの幼女の表情は物憂げで少し大人っぽく見えた。

「うん・・・だって、嫌な感じがする」

「まぁな。信用ならないけど・・・今はサラサを信じるしかないしな」

今のトールたちに出来ることは忍者たちを信頼しただ、待つだけだ。

それ以外にやることなんて何もない。

後はこの平和な街で仮初の生活を送るぐらいだろう。

「・・・そうだね。早く行こう。ここでボーっとしててもしょうがないし」

シャサは視線をトールに向けてにこりと微笑んだ。

子供らしい無邪気さはないがそれでもかわいらしい笑顔だ。

トールはかるくシャサの頭を叩くと歩き始めた。

 

「メルの検査は容態が安定してからだ」

サラサが軍服を着込んだ恰幅の良いおじさんたちの前で叫んでいた。

そこはエアーズ軍意思決定会議の場。

そこではメルの扱いについての討論が行われていた。

「しかしだな。ことは一刻を争うのだ。ヴェルフォースすらも欲しがるエンシェントの力。

なんとしてでも解明しわが国の力にせねばならん」

「そうだ。我が軍、最強である空艇師団を持ってしても大打撃を与えるような輩だからな。

手札は多いほうが良い」

男は責めつけるような目でサラサを見る。

先の戦闘での失態を述べられているのだ。

たかが一気に大しての大損害・・・左遷されても仕方ないほどの失態だ。

しかし、シロガネの頭首であるという立場とエンシェントであるメルを連れ帰ったことからその座は護られている。

とはいえ、堂々と出来るようなことではない。

「くっ・・・だが、メル皇女は下手をすれば直ぐにでも命を落としかねないほどに病弱なのです。

無理な検査の強行は宝を溝に捨てるようなものです」

「確かに・・・死なれては元も子もない。エンシェントの力が死体からも摘出できるとは限らんしな」

「リスクが大きすぎますね・・・回復を待ったほうが良いでしょう」

サラサはメルを完全に物としてしか捕らえていない物言いに感情のリミッターが外れかけるが

何とか耐え凌ぐ。

「しかし、回復するのか?医師の話によれば生きてるのも不思議だそうだがな」

「シャトレーゼからの輸送中は健康だったそうじゃないか。問題はないだろう」

「しかし、エアーズについたとたんに倒れるとはな・・・」

中将がサラサをにらむ。

そのタイミングからサラサを疑っているらしい。

目的や理由よりも事実を見て人を疑うことしかしないのだろう。

メルが倒れたのは精神的な支えの消失とこの国の汚い空気のせいだ。

「緊張がとけたからでしょう。メルの容態が回復するのは明白です。

回復を待ってから検査は行ったほうが良いでしょう」

精神的な支えであるトールはあえて自由の身にしている。

こっちに連れてこられて監視でもされたら更に動きづらくなってしまう。

「サラサ少将・・・どうして貴方は容態が回復してからの検査を推すのです?」

「それが確実にエアーズの戦力増強になると確信してるからであります。フォンブラン大将」

「そうか・・・分かった。事を急いで失敗してもしょうがない。エンシェントをこちらが抑えている以上、

情勢はこちらのほうが有利だ。検査は回復を待ってからにする」

エアーズ軍最高権力者大将の発現を持って会議は終わった。

その結果にサラサは何とか胸をなでおろす。

これでしばらくは時間が稼げるというものだ。

「(しかし・・・メルが回復する前にことを仕込まねばな・・・)」

未知数のリミットにサラサは不安を覚えるのであった。

 

アパートデラックス

訳分からない名前が書かれた看板が錆びた柵にかけられていた。

周りの庭には雑草が伸び、花壇もあれている。

階段も手すりも錆びており壁のペンキははげ、とてもヒビが目立つ。更にツタがアパートを囲むように伸びていた。

今にも崩れそう&幽霊が出そうなアパートだ。

そのアパートの前でトールはもらった資料と看板を何回も見比べている。

シャサも苦笑いを浮かべていた。

「ここ・・・だな」

「ここ・・・なんだ」

認めたくない現実に遭遇したトールとシャサはそれを否定したくなる。

だが、否定できない・・・それが現実だ。

「とにかく入るか。2階の2号室だそうだ」

「というか・・・まともなドアがそこしかないよ」

シャサの言うとおり二階建てで合計四室しか存在しないアパートのドアで健在なのはそこだけだ。

他はドアが外れていた。変わりにビニールが張られている。

良く見ると茂みの中にドアが落ちている。

トールとシャサはどんどん、不安を募らせながら階段へと向かった。

そこにはところどころ段が存在しない階段があった。

手すりも錆びだらけで崩れておりボロボロとなっている。

上れるのかというよりもこんなものを上ろうとする人はいない。

だが、そこを通る以外の方法は少々アクロバティックなために二人は恐る恐る足を乗せた。

 

「上れた・・・」

「人、やれば出来るものだね」

二人は二階に上がっただけで達成感を感じていた。

そして、異臭を放つビニール袋が置かれている廊下を少し歩きドアの前にやってきた。

木製のドアは腐りカビが生えている。

ドアノブもさび付いておりまわるとは思えなかった。

「・・・いや、人が住めるわけ無いだろ」

トールは思わず最初から心の中に溜めていた言葉を発した。

「なんだってぇ!!」

突然、低い枯れたような怒声がドアの向うから聞こえてくる。

トールとシャサはビクリとしてその場から離れた。

するとドアが開きそこから滅茶苦茶ゴツイ顔をしたおばちゃんが現れた。

一応、おばちゃんと表記するがこれを女性と呼んでよいものだろうか?

「あ・・・あのあなたは?」

トールはいきなりのインパクトに推されて腰が引けている。

「あぁ!?私はここの管理人だよ。あんたたちは誰だい!?」

背はシャサよりも大きいぐらいだがその顔のせいで二倍ぐらい大きく見える。

そして、まるで地獄の底から響いてくるような声のせいでとても恐かった。

「オレはと・・・ルートです。で、こっちで泣いてるのが妻のサシャです」

「うわぁぁぁぁん」

シャサはあまりにも迫力のある管理人に負けて泣いていた。

本気で泣いている。

「なんだい!?いきなり泣き出すなんて迷惑なガキだね」

管理人はシャサをにらみつける。

だが、最初から睨んでるようなものなのでさほど変わらないが。

恐いものは恐い。

「うわぁぁあぁぁあああん」

「すいません。とにかく落ち着かせるんで・・・その顔を近づけないで」

トールは泣き叫ぶシャサの顔の方向を変えて頭を撫でてる。

「分かる。お前の気持ちは凄く分かるから。泣き止め」

「うぅ・・・うっ・・・恐かったよぉ」

「なんだって!」

「すいませんから、これ以上刺激しないで!」

トールはシャサを抱きかかえながら管理人に向かって叫んだ。

 

ようやく静かになりシャサも落ち着きだした。

涙を服の袖で拭きながら息を整えている。

「全く・・・あんたが良い男じゃなかったら今頃、花壇の肥やしだよ」

管理人はトールの顔を見て頬を赤らめている。

トールは六感全てから恐怖を感じているような気分になった。

心が凍りついたかのように寒気を感じる。

許してくれるなら今すぐにここから身投げして死にたい気分だ。

「は・・・はは・・・」

「あんたが今日入ってくる変態夫婦とはね・・・まぁ、顔がいいから大目に見てやるよ。

これだけかっこいい兄と可愛い妹じゃ間違いを起こさないほうが可笑しい」

管理人さん的には世の中は顔らしい。

その基準で行くと管理人さん事態は世界の異端者だが流石にそんなことはいえなかった。

「部屋の中は掃除しておいたから住めるよ。私は裏にある管理人事務所にいるから困ったことがあったら呼びなさい」

管理人さんはそう言うと階段を下りて裏へと向かっていった。

「う〜む・・・世界は広いな」

「えうぅ・・・あの人の顔、直視できないよぉ」

トールとシャサは管理人さんの顔に驚いていた。

まぁ、何時までも驚いていもしょうがないので二人は部屋の中へと入る。

部屋の中も外見と大差は無かった。

壁はひび割れ、畳は腐り今にも底が抜けてしまいそうだ。

「うわぁ・・・何も無い」

トールの言うとおりそこは何も無かった。

部屋には窓があって畳が敷いてあってふすまがあるだけだ。

後は一切、何も無い。

「買ってこないとダメだな」

トールはふすまを開けて呟いた。

そこは見事に空っぽだ。一瞬、黒い何かが見えたが無視しておく。

「うわぁ・・・凄いよ。窓の外から豪邸が見える」

シャサは窓から顔を出して声を上げた。

トールもシャサの頭の上から身を乗り出す。

そして、見た。

眼前に聳え立つ豪邸を・・・

その前ではこのボロアパートなどゴキブリの糞ほどの価値しかない。

「・・・管理人事務所が裏に有るって言ってたよな」

「うん」

「・・・これか?」

トールはその豪邸が管理人事務所だと思った。

それは事実だが信じられない話だ。

なんでアパートと家の差がここまで激しいのだろうか?

差がありすぎるだろう。

「ひでぇ」

トールは自分たちが住むことになる部屋を見て呟いた。

畳をひっぺがえしたら何の虫がわいてるか分からない。

そんなところに住まなきゃならないのかと思うと頭が痛かった。

「仕方ないよ。まぁ、メルを助けるまでの間だし」

「・・・出来るだけ早く助けに行きたいな」

トールは出来るだけこの環境から抜け出したかった。

ボロ部屋に強面の管理人・・・逃げ出したい気分だ。

だが、これから部屋を探しに行くのも面倒なのでここに住むしかないだろう。

「とりあえず生活用品を揃えに行くか」

「うん、そうだね・・・どれだけ住むか分からないけどある程度は買っておこう」

シャサは買い物と聞いて声が弾んでいる。

女の子らしく買い物が好きらしい。

そういえば最初にあったときも街をキョロキョロとしていたなとトールは思い出した。

 

銀行で金をおろしトールとシャサは近所にある商店街へと足を運んでいた。

空に赤みがかかり家路に着くもの、夕飯の買出しをするものなどが歩いていた。

人も獣の耳や尻尾が付いている獣人や羽根を持つ空人なども見かける。

ここが大国などだということを思い知らされた。

シャトレーゼは人間だけしかいない国だった。

他の種族も偶には見かけるが基本は人間だけだ。

始めてみた他種族にトールとシャサは驚きの声を上げている。

「他の種族の人だ・・・始めて見たよ」

「オレも・・・まぁ、気にしてても仕方ないし。さっさと行くか」

トールはそういうと歩き始めた。

「何処に行くの?」

「色々と揃ってて便利な店」

「コンビニ?」

「コンビニに生活用品はかいにいかねぇよ。デパートだ」

 

トールとシャサは商店街の先にある巨大な建造物に入っていった。

生活をする上で欠かせないありとあらゆるものを取り扱う巨大な店。

デパートの中でシャサは感嘆とした声を発していた。

「うわぁ・・・」

「田舎者丸出しだぞ」

「本当のことだから平気だよ」

シャサは全く気にせずにキョロキョロとしている。

そんなシャサをトールはため息を吐きつつその腕を引っ張って歩き出した。

シャサは引っ張られながら歩いていった。

 

子供服売り場

「すいません。幼稚園ぐらいの子供の服、ありますか?」

「私は10歳だよ」

「そうだっけ?」

「そうだよ!」

「だけど、それぐらいだろ?」

「うっ・・・今は発育が悪いんだよ・・・成長期になればもう、ぐ〜んって伸びるよ」

「そうか?」

「そうだよ!」

トールは自分の股ぐらいまで背しかない少女を見下ろしながら首をひねった。

期待は出来ないなと心の中で思った。

「あっ、これ可愛いよ」

シャサはデフォルメされた犬のプリントがついたピンクの服を持ってる。

「そうか?そう思うなら買え」

「何か嫌な言い方だね・・・」

「可愛いぞ。凄く似合うって。萌えてしまう。はぁはぁ」

「何か気持ち悪いしうそくさいよ」

「どうしろってんだよ」

「普通にしてくれればいいんだよ」

シャサはトールの態度にふてくされてしまう。

トールはそんな態度を見てやれやれと思いながら

「お前は可愛いよ」

頭をなでなでしながら言った。

「いっ今更、そんなこと言われても信じられないよ!」

シャサはそう叫ぶといそいそと試着室へと走っていった。

「う〜む・・・乙女心は難しい・・・って事なのか?」

 

青年服売り場

「何がいいかな?」

「何でも良いや」

「そうだね。何着ても似合いそうにないし」

「そんなことはない」

「自信過剰は禁物だよ。自分の程度は分からないと」

「嫌なこと言うなよ。っていうか意外に難しい言葉知ってるな?」

「へへ、私は頭が良いもんね」

「そうか?」

「そうだよ」

「まぁ、お前がそう思ってるならそう思っとけ」

「何か嫌ないい方だよ・・」

 

下着売り場

「・・・居辛い・・・」

「ねぇねぇ、トール。似合うかな?」

シャサは赤いレースつきの下着を手に持ち尋ねた。

「ぶっ!似合わねぇよ!もっと子供らしいのにしろ!」

「えぇ、じゃあ何がいいの?」

「オレに聞くなよ・・・」

「自分で言い出したのに」

「つうか、お前のサイズにあうのだったら自然にそういうのになるだろ」

「えう、でもさっきのも私のサイズだよ」

「はっ!?」

良く見るとその通りだ。

「(大丈夫なのだろうか?このデパートは?)」

トールは真剣に疑問を感じ始めている。

「じゃあ、これとか」

シャサはフリルつきの下着を持ってきた。

「いや、どれが可愛いとか知らないから。一々見せにこなくて良いって」

「そう?私がはいてるのを想像して可愛いなって思うのでいいと思うよ」

「いや、いいと思うよって言うか。見ないから」

トールはビックリしながら言い返した。

なんということを言い出すのだろうか。

近くの親御さんたちが怪しい目でトールのことを見ている。

「(違う・・・違うんだぁ)」

トールは心の中で嘆いている。

「このブラジャーは似合うかな?」

次はブラジャーを持ってきている。

「いや、お前にブラジャーはいらねぇだろ」

「えうぅ・・・だけど着た方がトールが喜ぶかなって」

「お前はオレに見せたいのか!?」

「えっ?見たいんじゃないの?シャサちゃんの下着姿〜」

「誰が見るか!!」

トールが怒鳴り声を放つ。

より一層世間の目が厳しくなる。

投げかけられる視線がまるで矢のように突き刺さるようだ。

焦りまくっているトールを見てシャサはクスリと笑った。

「(こいつ・・・悪魔だ)」

トールはその笑みに邪悪なものを感じるとその場から急いで立ち去る。

もうこれ以上、あのプレッシャーには耐えられなかった。

 

「ふぅ・・・」

トールは自販機で買った野菜ジュースを飲みながら休憩用のベンチに座り一息ついていた。

これ以上、シャサの相手をしていたら完全にロリコンにされてしまう。

法の上ではロリコンにされている上にシスコンだというのに・・・

更に世間的にもその扱いをされるのではたまったものではなかった。

「まぁ、しばらくの辛抱・・・我慢するか」

トールはそう呟くと缶を傾け、残りを一気に飲み干した。

「お兄さん、お兄さん」

突然、トールは後ろから声をかけられ振り向いた。

そこには緑色の髪の少女が立っている。

年はシャサと同じぐらいか少し下ぐらいだろう。

ショートカットでボーイッシュな少女だ。

彼女は人間じゃなく獣人らしい。

耳が猫のようで尻尾が生えている。

「何だ?」

トールは声をかけられる理由が分からず尋ね返した。

こんな知り合いはいない。

「ここら辺に携帯落ちてなかった?」

少女は初対面だというのに気さくに話しかけてくる。

まぁ、子供らしいといえば子供らしい。

見ず知らずの青年にそう気安く声をかけるのは危険だと思われる。

「携帯・・・?いや、見なかったが」

「本当?盗んでないよね?」

「そう思うなら尋ねるな」

「そうだね」

トールの言葉に同意して少女はうんうんと頷いている。

「ったく・・・その携帯ってどういう形なんだ?」

「えっ?」

「見つけたら拾っとく」

「優しいね。でも、親切にしても僕の好感度は上がらないよ」

「いらねぇよ」

トールはそういうと立ち上がって歩いていこうとする。

「あっ待って」

少女はトールの手を掴んで引き止める。

「仕方ないな。僕の携帯はキラキラした石のストラップがついてるんだ」

「分かった・・・まぁ、見つけたら拾って交番にでも届けておいてやるよ」

直接、渡す気はないらしい。

「人の親切は好意的に受け取らないとね」

「う〜む・・・時と場合によると思うぞ」

自分でそんなことしておいてなんだが少女の隙だらけの態度を見てると不安を覚えている。

世の中には特殊な趣味を持つものは意外にいるものなのだ。

「ありがとうね。じゃあねぇ〜」

少女はそういうと手を振って去っていった。

「ったく・・・オレはチビっ娘運が悪いぞ」

ロリコンにしてみればそうまで幼女たちと関係が持てるのはうらやましいと思うが・・・

だったら捕まってるんだろうな。

「あっトール見〜っけ」

シャサはそういうとトールの背中に飛びついてぶら下がる。

「うわっ、買い終わったのか?」

「買ったよ。全く途中で逃げ出すんだもん」

「お前がオレを陥れたんだろうが・・・」

「えっ?本気で陥れるんだったらトールは今頃、牢屋の中だよ」

シャサはそういうとクスクスと笑っている。

その言葉にトールは悪寒を感じながら苦笑いを浮かべていた。

実際にやられたら勝ち目は無い。

 

二人はある程度の買い物を済ませると外へと出た。

既に日も落ちて街頭が道を照らしている。

それでもまだ、人通りは衰えず営みは続いていた。

「あんまり星が見えないね」

シャサは夜空を見上げながら呟いた。

星はまばらで漆黒の闇夜に月だけが強く輝いていた。

「だな・・・田舎にいた時は空全体が星だらけだったんだけどな」

「私も・・・星って人みたいだよね」

「そうか?」

「うん、太陽っていう支えがないと輝けない・・・夜空の中、ぽつんぽつんといても寂しそう・・・

私も星だったら良かったのに・・・」

「そうかねぇ・・・星は星の光だけじゃ輝けないだろ」

トールはそっとコートをシャサにかぶせながら言った。

「でも、人は人と一緒にいるだけでも輝けるんだぜ。

それとそういう台詞はお前には似合わねぇよ」

トールはそういいながらシャサの頭を手のひらでぐりぐりと撫でまわす。

「えうぅ・・・トールに言われたくないよ。全っ然!似合ってないよ」

「悪かったな。わかってるよ」

トールは少し顔を赤くしながらそういい帰路へとつこうとする。

シャサは少し震える体でかけてもらったコートを掴んだ。

そして、少し意地悪で優しい青年の背中を見つめていた。

コートが体を温めてくれるよりも彼の優しさが自分の心を包み込んでくれるようだった。

「置いてくぞ」

「待ってよ」

トールとシャサはかりそめなれど自分たちが住む家へと帰る。

例えそこが本当の家じゃなくてもシャサにとってそれは何処よりも暖かいものだ。