バイトを開始してから一週間が過ぎようとしていた。

最初は戸惑い失敗が続いていた仕事も難なくこなせるようになり、

ティサやシルヴィとも親しくなってきていた。

常連客や近所の自営業者の人たちとも親しくなり会話を交わしていくようになる。

彼らは完全にそこになじもうとしていた。

仮のものであり何時までもそのままであり続けられるわけではないと分かっていても

居心地のいい場所というものが生まれてきていた。

 

「ルートさん。今度、遊びに行きません?」

「あっ?」

レジで新聞を読んでいてトールに女子高生らしき三人組が話しかける。

ついこの間から見るようになった顔だ。

話しかけられたときに親切にそして面白く返したために親しくなってしまった。

携帯のアドレスとか尋ねられたがトール自身、持ってないので教えられるわけが無い。

そして、遂には誘ってきた。

「今度、皆でカラオケに行くんですけど一緒に行きません?」

「行きません」

トールは即答すると再び新聞に視線を下ろした。

別に記事に興味があるわけではないが目の前にいる女子高生どもを相手にするよりは有意義だ。

近所の家の小学4年生の少女が誘拐されたという記事が載っていた。

「(物騒だな・・・シャサとかティサと同じ年ぐらいか・・)」

少し二人が無防備すぎるのではないかと不安になってくる。

シャサは初対面の自分が連れまわしてもあまり騒いでなかったし

ティサは普通に話しかけてきていた。

トールの見た目もあるだろうがそれでも十分に恐いことだ。

変な奴らに連れ去られる可能性が高い。

「えぇ!良いじゃないですか。年頃の女の子が誘ってるんですよ?」

「興味ない」

「ま、まさか・・・ホモ?」

「違うわっ!オレはカラオケとかに興味が無いの」

「思いっきり歌って騒ぐと面白いですよ」

「そりゃそうだろうが・・・仕事とかあるしな」

「店、終わった後ならいいじゃないですか」

「家に帰って飯食って寝なきゃならないから無理」

「そんなの急いでやる必要もないじゃないですか」

「だけどサシャを一人にしておくわけにもいかないしな」

「えっ!?サシャって・・・・彼女がいるの?」

「彼女じゃないよ。妹、あそこにいるガキ」

トールはせっせと花を運んでいる赤い髪の少女を指差して言った。

「えぇ、それじゃあ二人暮しなの!?」

「そうそう、一人にしとくのも危ないし。事件もあったみたいだし」

「大丈夫だってあのくらいの年って結構しっかりしてるよ」

「あんたらとは違うと思うぞ」

「変わんないって」

トールはいい加減にうんざりしてきた。

行きたくない事をソフトに伝えようとしているのだがお構いなしに話しかけてくる。

「はいはい、仕事の邪魔だからどいたどいた」

トールはそういうと手を振って追い払おうとする。

正直にここにうろつかれるとレジに並びたい人も並べない。

「えぇ〜、ノリわる〜い」

「もういいや、いこ」

そして、女子高生は帰っていった。

トールはそれを見ると思い切り息を吐き出しレジに突っ伏する。

普通に疲れていた。

「トール」

「シャサ・・・って本名で呼ぶな」

近づいてきたシャサとトールは小声で会話する。

流石に本名でのやり取りは出来ない。

偽名で通ってしまっている以上、今更本名を言えるわけもなかった。

「仕事中の私語は禁止だよ」

「分かってるよ。あっちから話しかけてきたんだよ」

「鼻の下伸ばしてた」

「のばしてねぇ。なんであんなウザイ奴らに・・」

トールは真剣にため息をついた。

基本的に掛け合いの出来ない奴らはトールはあまり好きではない。

それ自体で全てを決めるわけではないが基本的にはそうだ。

だから、掛け合いの出来るシャサやティサとは直ぐに仲良くなった。

一方的に自分の意見だけを言われるのは気分的によくない。

「ふぅん・・・」

それでもシャサはジーッとトールを疑心に満ちた目で見ている。

「焼きもちか?」

「そっ!そんなわけないよ!」

シャサはそう怒鳴ると頬を膨らませて走っていった。

「何なんだよ・・・」

トールはシャサのいきなりの行動が理解できずに困惑するばかりだ。

本当に焼きもちだとは思ってないが何か気に食わなかったのは事実だろう。

「お兄さんがとられるのが嫌だったんですよ」

そんなトールの後ろからシルヴィが話しかける。

「本当か?」

「多分ですけど。私は兄とかいなかったですし」

「オレもいないしな・・・まっ家に帰って飯でも食えば機嫌直すだろ」

トールは深く考えずに欠伸をした。

何もかも平穏だった。

ガラスから差し込む光も時折開く自動ドアから吹き付ける風もそれに乗って香る花の香りも

トールを安らげるには十分なものだった。

何もかもこのまま続いても幸せなのだろう。

最初は困り果てていたシャサとの二人暮しもなれてしまえば案外、いいものだ。

汚くてくさい部屋も努力と資金のおかげで随分と住みやすくなった。

仕事だってあるし新しい友達も出来た。

周りの人も親切だ。

このままここに暮らし続けることが出来ればどれだけ幸せなのだろうか。

ふと、そんなことを考えてしまう。

それは危険だと思い直ぐに考えるのをやめたりメルの事を思い出したりする。

だけど・・・覚悟は日がたつにつれて薄れていく気がした。

 

帰り道

今日はティサは他の仕事に行ってるためにいない。

二人で暗くなった道を歩いていた。

「ねぇ、トール」

「あっ?」

「メル、元気かな?」

「・・・・・多分」

今のメルの現状を知らないトールはそう答えるしかなかった。

トールはメルが倒れたことを知らない。

それよりも先にここに来てしまったからだ。

「何時になったら助けにいけるんだろ?」

「さぁな・・・そればかりはオレに聞かれても」

トールは心のどこかで知らせなどこなければ良いと思った。

思ってしまった。

それがどうしても許せなくなる。情けなくなる。

「・・・どうしたの?」

「何が?」

「苦しそうだよ。気分、悪いの?」

「・・・・・」

まるでシャサは自分の心のうちを見透かしているようだ。

前にも同じことがあった。

横にいる少女は自分の心が読むことが出来るのでは?と思うことがある。

「・・・幸せだよね」

「・・・・・そうか?」

「そうだよ。まるでシャトレーゼにいた時みたいだよ」

「・・・・・そうか」

「でも、予めなくなるって分かってるのに何で楽しいんだろうね?結局、意味なんて無いのに」

「・・・・・・・・・・」

トールは言葉を返すことが出来なかった。

それこそがトールが思い悩むことだから。

「あっ!」

シャサが突然、声を上げて歩みを止める。

「どうした?」

トールはシャサのほうへと歩みを戻す。

シャサは目を見開いたまま路地裏のほうを見ていた。

トールもその暗がりを覗く。

あまり光が差し込まないそこにピンク色と赤色が目立っていた。

「・・・女の子?」

ピンク色の髪をした幼い少女がこちらをじっと見ていた。

その体は震えていてその小さな手にしっかりと何かを掴んでいた。

まるで小動物のように震えている。

世界そのものが彼女の外敵であるかのように。

「・・・ねぇ、トール・・・あの子が掴んでるの」

「・・・白衣・・・」

トールはその手が掴んでるものを目で追っていく。

それは紛れも無く白衣で確実にそれを誰かが着ていた。

そして、それは所々に赤い点がついている。

その時、後ろをトラックが通り抜けた。

眩しい光が路地裏を照らし出す。

赤く濡らした白衣を着るやつれた男性・・・

それは限りなくやぶ医者っぽく闇医者っぽい医者・・・

「・・・ビーン先生・・・」

トールは自分が立っている偽りの幸せの生活が音をたてて崩れていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機 鋼 神 王

第二章

空、近く

第十二話

刻まれた覚悟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トールとシャサは路地裏を通ってビーン先生とその横にいた少女を自分たちの部屋へと運んだ。

ビーン先生は酷く衰弱しているものの傷はさほど負ってはいなかった。

白衣についた血のほとんどが返り血なのだろう。

「何でここに・・・」

トールは眠り続けるビーン先生の顔を見て呟いた。

不思議だった。

一緒に逃げることが出来なかった人が何でこの国にいるのだろうか?

逃げ切ったと考えてもこの国にいるのが不思議でならなかった。

なぜならトールたちがこの国にいるのは偶然に過ぎないのだ。

偶々、空艇師団に拾われ一時、ここに暮らすようになった。

こんな偶然が起こりうるのだろうか?

「ビーン先生、大丈夫かな?」

シャサが心配そうにビーン先生を見ている。

「大丈夫だ。寝かせとけば目を覚ますって・・・それよりも」

トールはビーン先生から視線を部屋の隅で膝を抱えて震えている少女に移した。

「あの子は一体?」

「う〜ん・・・ビーン先生の子供とか?」

「ありえなくも無いが・・・一緒にいた理由が分からん」

「それじゃあ、誘拐したとか」

「酷いこと言うな・・・だけど」

トールはそういうとテレビをつけた。

そして、チャンネルをニュースをやっている番組に合わせる。

「あっ、どっかの国で内乱の兆しが高まるだって物騒だね」

「つうか、もっと物騒なことに巻き込まれてるだろ・・・」

自分たちが関係してしまっている事件のほうが一つの国の内乱などよりも物騒だ。

何せ一つの国の頭が摩り替わるような事件だ。

「それで何でテレビつけたの?」

「いや、今日新聞を見てたときに何か不吉な記事を見てな」

トールはそう呟くと視線をシャサに落とす。

考えて見ればシャトレーゼは最強の傭兵部隊を使った世界的な宗教の幼女誘拐により壊滅したんだなと

思うと何となくやるせなくなってくる。

まぁ、本題は防ぐことは出来たが。

「あっ、誘拐事件だって」

シャサの言葉と共にトールは視線を画面に移した。

そこにはこの近所で起こった誘拐事件のことを報道していた。

エアーズ軍の大佐の娘ルミル=サージェル(10)が遊びにいったまま帰らないらしい。

行方不明だが誘拐された可能性が高いということになっている。

そして、その外見的特長はピンク色の髪を腰の辺りまで伸ばし深い藍色の瞳をしている。

というか部屋の隅にいる少女がそのルミルだ。

「・・・・大変だぁ」

「・・・・・おいおい」

トールとシャサは新たなる問題を抱え込んだことを実感するのだった。

 

次の日の朝

シャサは自分の顔に当たる日の光に目を覚ました。

眠気眼で起き上がり辺りをキョロキョロと見回している。

何時もなら何故かトールの布団にもぐりこんでいるのだが今日は布団も何も無い床の上にいたらしい。

体の上には毛布がかけられていた。

「・・・そういえばトールがここに寝てたんだっけ」

布団をビーンに使われているトールはシャサの横で毛布をかぶってそのまま眠っていた。

畳が湿ってるとか文句を言いながらもそこにいたのは覚えている。

「また、私トールのほうに行ってたんだ・・・」

本来の位置ではないのにそこに移動したのはもはや無意識にトールのほうに行ってるとしか言いようが無い。

そんなことを考えているとシャサの頬が少し赤くなる。

「変なの・・・」

シャサはそう呟くと視線を部屋の隅へと移動させた。

そこにはピンク色の髪の少女・・・ルミル=サージェス。

誘拐されたとされる少女は部屋の隅でうなされていた。

嫌な夢でも見ているのだろうか。

シャサは少女のほうへと歩み寄る。

「いや・・・やめて・・パパ・・・ぶた・・・ないで・・・何でも・・言うこときくから・・・・・・・

いや・・・やだ・・・やだよ・・・」

ルミルは涙を流しながらうわごとを呟いている。

「・・・怒られてる夢でもみてるのかな?」

明らかにそれだけでは済みそうにもないうわ言だがシャサはそう感じていた。

トール辺りが聞けば深刻に悩むところだがシャサではそこまで頭が回らない。

「起きたか〜」

そこにトールが部屋のドアを開けて入ってくる。

「おはよう」

「おはよう。シャサだけか」

トールはまだ、眠っているビーン先生とルミルを見て呟いた。

手にはコンビニの袋が下げられている。

朝食を買ってきたらしい。

「今日は何〜?」

「おまえはこれ」

トールはそういうとタマゴサンドとコーヒー牛乳をシャサに渡した。

シャサは袋を開けると三角の端にかぶりつく。

「ふぅ・・・今日はバイト休んだから」

トールはカップに入ったサラダのレタスを口に運んだ。

「うん。しょうがないよね」

流石にこの状況でバイトにいけるわけが無い。

ビーン先生の話が聞きたいのだ。

シャトレーゼのこと・・・

そして、このルミルのこと。

昨日、トールがルミルに話しかけても怯えて震えるだけで何も答えてくれなかった。

まるでトールが恐ろしい化け物のように恐れている。

その為になんでここにいるのか聞けなかった。

警察に連れて行けばいい気もするがそれではいけない気がしていた。

「まぁ、起きるまでのんびりしてよう。結局、バイトだなんだでゆっくりしたこと無いしな」

「だね」

トールとシャサはお互いに顔を見合い微笑んだ。

 

「それは本当なのか?」

キングオブエアーズのブリッジでサラサがファルクに尋ねる。

ファルクは頷くと口を開いた。

「ヴェルフォースの部隊が近くに潜伏してるようです。詳細な位置は不明ですが」

「そうか・・・メルのこと感づかれたか?」

「分かりませんがそう考えるほうが自然でしょう。流石に正面切って我々に戦争をしかけるとも

思えない」

「だが、奴らが仕掛けてくるならチャンスだな」

「あの計画ですか?」

「あぁ、ラスクの話によればワイバーンも完成したというしな」

「資料は読みましたが・・・スペック上では空式零を凌駕してますね」

「機体性能はな。我が乗った空式零よりも強いわけではない」

「あの性能ならヴェルフォースを相手にも生き残ることは出来るでしょう」

「あとは奴ら次第だがな・・・」

空艇師団が出来ることは彼らをエアーズから脱出させることだけである。

それから先のことは全くの未知数だ。

トールとラスクがどれだけやれるかにかかっている。

 

格納庫内でラスクはワイバーンのチェックを念入りに行っていた。

いつでも動かせるように、もし不都合が発生した場合、死ぬのは自分ではなくトールだ。

それだけは避けたい。

大切な親友をむざむざ戦場で散らしたくは無い。

「ワイバーン・・・すまないがあいつを護る鎧・・・いや、翼になってくれ」

ラスクは青く雄雄しい鋼の巨人を見上げて呟いた。

「貴方がラスク?」

女性の声が後ろから聞こえる。

ラスクは振り向くとそこには水色の長い髪の少女が立っていた。

年はラスクとさほど変わらないだろう。

外見年齢的にはラスクのほうが幼く見えるが。

「そうですけど・・・貴方は?」

「私はネティア=ショウロック。空式零を超えるメタルレプリカを作ったって聞いたからきたの」

「ショウロック・・・まさか、実弾を極めし者?」

実弾を極めし者・・・実弾兵器を作らせたら右に出るものはいないと言われている人物である。

実弾系の兵器であればライフル、マシンガン、ランチャー、バズーカなんでも作れ

そのクオリティはプレミアの武装よりも高いといわれていた。

この世界で数少ない研究者ではない技術者であった。

「う〜ん、正確にはその孫かな」

にこりと笑ってネティアは答えた。

「すごい・・・まさか、実弾を極めし者の関係者に会えるなんて・・・

そうそう、ワイバーンも実弾を極めし者の作った武器持ってるよ」

ラスクはそういうとパソコンの画面にドラゴンキラーの画像を映し出した。

「へぇ、ドラゴンキラーじゃない」

「バトォ先生から貰ったんだけど凄い性能だね。でも、起動させるのに必要な出力が半端じゃないから

とてもじゃないけど使い勝手はよくないけど」

「でも、威力はおりがみつきよ。使ったんならその威力は知ってるでしょ」

確かに使い勝手を抜いても余りある威力だ。

これ一発で完全にMRを消滅させることが出来る。

「伝説の竜すらも一撃で倒せるほどの威力を持つ砲・・・メタルレプリカもそれ相応の力が必要。

それを扱うなんて凄いメタルレプリカね」

ネティアはワイバーンを見上げて呟いた。

「名前はワイバーン。装甲材質ブルーメタル。鋼力エンジン3088型。エアロウィングBB型装備。

最高速度時速1800キロ、出力12000M、武装は機関銃にチェーンダガー、ミサイルポッドを四つ、

そしてドラゴンキラー」

ラスクはワイバーンの簡単なスペックを読み上げる。

「大した性能ね。プレミアの性能を超えるなんて・・・貴方が設計したんですって?」

「そうだけど」

「ふふふ・・・凄いわね。そんなに若いのに数多に存在する研究者たちの夢を達成するなんて」

「まぁね。僕は天才だから」

ラスクは胸を張って威張っている。

「そうそう、どうせならドラゴンキラーの調子見てあげようか?」

「えっ、君も武器に詳しいの?」

「何言ってるの。私はこれではショウロック商会の技術員よ」

ショウロック商会、実弾を極めし者が設立した実弾兵器の技術普及とそれによる商売のための会社だ。

その商会に所属する技術者の腕前はかなりのものだと噂されている。

もちろん、シャトレーゼのような小国ではお目にかかれないような者だ。

「その若さでね。それじゃあ、見てもらおうかな。正直な話、ドラゴンキラーの構造は少し良く分からなかったから」

「大丈夫、私に任せなさい。新進気鋭の私と貴方が手を組めたこの世界にかなう人なんていないわ!」

「うん、そうだね」

「そうよ」

このとき、ラスクはまだ、この言葉の意味を知ることは無かった。

そして、それが更なる悲劇を生むことになるなどとは欠片も思っていなかったのである。

 

 

「あのビーン=トートを逃がすとは不始末だな部隊長殿?」

地艇・・・地上走行する空艇と呼ばれる大型ホバー船のブリッジで灰色の少年が椅子に座る男に告げる。

「くっ・・・直ぐにでも本部に輸送しておればよかったのだ。それを追撃作戦など展開するか・・・」

「何か言ったか?」

「いえ・・・」

ヴェルフォース内では明確な身分の差は存在していない。

だが、自ずと実力の差からそれは生まれてきた。

灰色の少年・・・クロヴァス=シュトルは魔王の六翼と呼ばれるほどの実力者。

その少年に意見を唱えられるものなどヴェルフォース内にほとんど存在しない。

「ふん、まぁいい。俺自身あいつに興味は無いからな」

クロヴァスにとっては強い相手以外は興味がない。

そして、今クロヴァスの興味があるのはトールただ一人であった。

「ですが・・・良いのですか?」

「何がだ?」

「確かに目的であったメル皇女の奪還は失敗しましたがその為にエアーズを相手にするなど。

上層部の意見を伺ったほうが・・・?」

「なんだその心配か?問題ない。オレ一人で行く」

「なっ!何を言ってるのですか!?」

「それなら兵が死ぬこともあるまい。お前らは近くで待機してろ」

クロヴァスは目前に広がる・・・いや、自分たちが立っている大地を支配する大国にたった一人で

戦いを挑もうとしていた。

それは明らかに自殺行為だ。

だが、不敵な笑みを浮かべる少女さながらの美しい顔の少年はむしろ望むところと意気込んでいるようだ。

「で、ですが・・」

「俺の力では無理だと?」

クロヴァスはギロリと部隊長を睨みつける。

その体全体から発せられる有り余る殺気にそのまま息の根がとまりそうになる。

「い、いえ!そういうわけでは・・・ですが、クロヴァス様一人でも攻撃を加えればエアーズと戦争になる可能性が・・」

「オレがオウル教に雇われていることを悟らせなければいい。あいつ等がオレの雇用関係を調べられるはずがないんだからな」

クロヴァスは完全にエアーズをなめきっていた。

だが、そんな誇張とも言える台詞も彼ならば納得せざるを得ない説得力を放っていた。

今から奇襲を仕掛け司令部だけを破壊すれば勝負がつく可能性すらある。

だが、それは彼の望むところではないだろう。

「あんな平和に溺れた国・・・オレの大剣の前では紙も同然だ」

クロヴァスはモニターに写るエアロベースをその手で握りつぶした。

「ダメだよ。それじゃ」

そこに突然、声が響き渡る。

部隊長をはじめとするブリッジのクルーは突然の声に慌てふためいた。

それは通信機器を通したものではない。

だが、そこにその声の持ち主は存在しない。

「金色の魔術師か・・・何のようだ?」

「流石は灰色の閃光だね。まぁ、用件って言うのはヴェルって人の命令を伝えに来たんだよ」

「ヴェルの?あいつは別に雇われてないだろ」

ヴェル・・・傭兵王ヴェル。その名を知らぬ傭兵は存在しないとさえ言われるほどに人物。

正しく傭兵たちの王と呼ばれる存在で傭兵集団ヴェルフォースの団長を務めている。

その戦いぶりはもはや伝説と化しており豪腕から振るわれる大剣でモンスターを薙ぎ払ったと言われている。

間違いなくヴェルフォース一の実力を持ちこの大陸最強の戦士と呼ばれている。

だが、傭兵としては引退しており彼を雇うことは原則的には不可能とされている。

「知らないよ。それで部隊を編成してエアーズを襲撃しろって。私も作戦に参加しろだってさぁ」

「お前もか・・・?エンシェントがどれほどのものかは知らないが・・・立て続けに魔王の六翼を

二人も作戦に参加させるとはな・・・」

クロヴァスはたかが一人の少女の誘拐にこれほどまでの部隊を使う必要性を感じられなかった。

確かに失敗はしたが戦力的には申し分がなかった。

真正面から戦いを挑むのなら十分すぎるほどの戦力だ。

魔王の六翼は基本的に一人でヴェルフォースの一個師団に相当すると言われている。

まぁ、実際にそれだけの能力があるかは試したことがないから本人たちにも不明だが

他を圧倒するほどの力を持っているのは確かだ。

「僕様は魔王の六翼じゃないよ」

「貴様が認めようが認めないがお前の力はそのランクだ。良かったじゃないか、ヴェルフォースの兵の中でも

それに見合うものはお前を含めて六人しかいないんだぞ」

「でも、僕様はヴェルフォースじゃないし・・・」

「気にするな。認められてると思えばいい」

「うぅ・・・まぁいいよ。用件は伝えたよ。詳しいことは本部に確認とってね」

するとブリッジを包み込んでいた違和感が消える。

その場にいたクロヴァス以外のクルーたちはその瞬間から何かに解放されたように息を吐いた。

充満していた圧倒的な魔力にプレッシャーを感じていたのだろう。

その場にいただけでその力だ。実際にいた場合はどうなるのだろうか・・・

「あれが金色の魔術師・・・随分と幼い声の持ち主ですね」

「持ち主も何も本人も十歳の子供だ」

「そ!それは本当なのですか!?クロヴァス様のように外見だけおさ・・・」

「この場で真っ二つになりたいか?」

クロヴァスは背中に背負っていた大剣を部隊長の頭の上にかざす。

自分の身長と同じほどの大きさのものをここまでの速さで扱う。

それ以上に脳は恐るべき殺気に飲み込まれ部隊長は口を聞けなかった。

「奴は強い・・・雇い主の許可さえ下りれば直ぐにでも勝負を挑みたいところだが・・・」

クロヴァスは金色の魔術師の実力を認めていた。

その称号が示すように彼女は魔術師だ。

それもこの大陸でも屈指の実力を持つ。

魔王の六翼と呼ばれるようになったのも遂最近でありさほど認識されていない。

それを不服に思った一部の者たちが彼女に襲い掛かったが周囲から発せられる魔力だけで負けたとも噂を聞く。

少なくともその実力はクロヴァスの知る魔術師の中では最強だ。

「残念だ・・・このうずき・・・戦いで晴らすしかないな」

部隊長はエアーズの軍隊を哀れに思った。

本気となった灰色の閃光、そして、金色の魔術師を同時に相手にしなければならないのだ。

例え彼らが最強と名高い空艇師団を持っていても勝てるとは思えなかった。

 

 

トールとシャサの部屋

二人は暇つぶしにずっとテレビを見ていた。

お昼のバラエティ番組の後半に差し掛かったところで突然にビーン先生が起き上がる。

「あっ、気がつきました?」

それに気づいたトールが振り向き尋ねた。

ビーン先生の瞳は何時もよりも虚ろで焦点が合っていない。

しばらくの間を空けてビーン先生はトールのほうを向いた。

「・・・トール・・・か」

「はい。意識はしっかりしてますか?ちゃんと話せますよね?」

「・・・・あぁ」

何時もどおりの答えが返ってくる。

それにトールとシャサはふぅっと息を吐いた。

「お腹空いたでしょう。インスタントのおかゆぐらいならありますけど」

「・・・すまない」

「いえいえ」

トールはそういうとポットからおかゆの袋を取り出しそれを器にあける。

そして、スプーンと一緒に差し出した。

ビーン先生はそれをゆっくりと一口ずつ食べていく。

その様子は本当に病人のようだ。

血のついた白衣は脱がせてあり今はシャツを着せている。

ビーン先生の細い体はまるで骨と皮だけのように見えるが鍛え抜かれていた。

完全に洗礼された筋肉を持ち合わせている。

「・・・・話をしようか」

ビーン先生は食べ終わった器を床においてトールの瞳を見た。

トールは頷く。

「最初に聞きたいことがあるんです・・・・・・

ルミルはどうしてビーン先生と一緒に?」

トールはまず一番不可解なことを尋ねた。

部屋の隅でまだ毛布を持ったままボーっとしている少女。

彼女が何故、ビーン先生と一緒にいたのか理由が不明だ。

「・・・知らない」

「知らないって・・・まるでビーン先生を護るように一緒にいましたよ」

「・・・そういわれてもな。名前も今、知ったところだ」

まさか、無意識のうちに連れてきたとも思いたくなかったがそうとしか思えない。

段々とトールは不安になっていく。

「だが・・・夕闇の中、あの少女は悲しそうな目で私を見ていたのを覚えている。

その後は直ぐに気絶してしまったからな」

「それじゃあ、本当に偶然会っただけ・・・?」

「・・・・そうだな」

「・・・・あそこにいただけ?」

「・・・・なのだろう」

「・・・・・・・・・・・・・・えっ?

それって・・・・・・・・・・・・

オレが誘拐犯!?」

ということは誘拐犯はビーン先生などではなく。

トール自身ということになる。

近くにいたので勝手に連れてきたのは彼だ。

トールは自分の迂闊な行動に頭を抱えてのた打ち回っている。

完璧に犯罪者だ。

このままではエアーズでも後ろ指指されてロリコン扱いされてしまう。

「そんなの嫌だぁ!!」

トールは心の底から叫び声を上げた。

「・・・・・・・・家に帰してやれ」

ビーン先生は冷静にかつ的確な指示を与えた。

トールは大きく頷くと少女のほうへと歩み寄る。

「すまない。直ぐに家に帰すよ」

トールがそういうと少女は見る見るうちに表情を強張らせ震えだす。

まるで何かに恐がっているかのように。

「どうしたんだ・・・?」

「帰りたくないんだよ」

「えっ?」

トールは横にいたシャサを見下ろす。

シャサはしっかりとルミルのことを見つめていた。

「ダメだよ。トール。この子は帰りたくないんだよ家に。だから、帰しちゃダメ」

「ダメって・・・この子のいるべき場所はここにあるんだぞ」

「でも、凄く恐がってる。帰っちゃいけないんだよ。例え生みの親のいるところでも・・・

そこが本当にいるべき場所だって言う保障なんてないよ」

「・・・・・・だけどなぁ・・・」

確かにこの恐がり方は尋常じゃない。

家に何かがあるのは確かだろう。

だが、これから自分たちは他の国に行かなければならない。

それこそ当てのない旅路につかなくてはならないのだ。

彼女を連れて行くわけには行かない。

ここにとどまり続けるのならいざ知らず。

「・・・・・いさせてやれ」

「ビーン先生!?」

「・・・・・少なくともここのほうがいい環境だ」

ビーン先生にそういわれるとトールは何も言い返せない。

どんな考えがあるかなんて分からないが何となく納得してしまう。

「良かったね。家には帰らなくて良いよ」

「・・・・・・・・・本当?」

「うん!大丈夫。私がいるからトールには指一本触れさせないよ」

「おいっ!!」

トールは勝手なことを言っているシャサに怒鳴った。

だが、内心ではルミルが始めて喋ったことに驚いている。

本当に帰りたくなかったのだろう。

その表情は何処か嬉しそうだ。

「・・・ところでトール・・・メルはどうした?」

「・・それについては今から詳しく説明します」

トールは今までの経緯を説明する。

そして、サラサとの約束について話した。

「・・・そうか。シロガネと言えばヴェルと因縁がある一族だ。その協力は信用できるだろう」

「・・・・ビーン先生・・・本当に何でも知ってますね・・・」

トールは目の前にいる医者らしい人に驚いている。

どうしてこうも底が知れないのだろうか?

「何でも知っているわけではない。全知全能など人の持てるものではない」

ビーン先生は何処か悲しそうに呟いた。

「はぁ・・・でも、どうしてビーン先生はここに?シャトレーゼとは随分と距離がありますけど」

それが一番の疑問だ。

いくら、超人的なビーン先生といえどもここまでの距離を走ってこられるはずもない。

それにトールたちがここにいるのも知らないはずだ。

「私はあの後、ヴェルフォースに捕まった」

「!?それじゃあ、やっぱりレイ皇女は・・・」

「あぁ・・・魔王の六翼の一人、爆炎の使者ラーザスターにより操られている」

「魔王の六翼・・・クロヴァスと同等の奴か・・・」

「クロヴァスを知ってるのか?」

「知ってるも何も・・シャトレーゼで戦ったよ。化け物だあいつは・・・強すぎる」

今、思い出しただけでも恐怖心がせりあがってくる。

圧倒的な威圧感と暴力的な殺気。

まるで人間を相手にしているような感覚はなかった。

人知を超えた化け物と戦っているかのような感覚だ。

「・・・・・クロヴァスはお前を狙っている」

「えっ!?」

「奴は強さを求める。お前のことを強いと感じたのだろう。必ず追い詰めてくる」

「えっ・・・それじゃあ」

「私は捕まった後にここまで連れてこられた・・・クロヴァスのわがままでエアーズに来ただけだろうがな。

奴は確実にお前を仕留める為に戦いを挑む」

「!?ってことはここに?」

「正確にはエアーズ自体にだな。奴は調査任務で貴様を捜すなどという生ぬるいことはしない。

全てを吹き飛ばし破壊しつくす」

「・・・俺一人に・・・たかだか俺一人の為にエアーズに住む人々を犠牲にしようってのか!?」

トールは大きく叫んだ。

そんな勝手なこと許されるわけがない。

自分の目的の為に罪もない人々を殺すというのか?

「奴はそういう奴だ。真っ直ぐすぎて周りが見えない」

「だったら、オレから戦いに行ってやる」

トールはそういうとそのまま部屋を出て行こうとする。

だが、その脚をビーンにつかまれてそのままその場に倒れた。

「急ぐな。例えクロヴァスと言えども一人で空艇師団を倒すほどの実力はない」

「だけど・・・」

「お前のなすべきことは何だ?わざわざ、勝負を挑んで死ぬことか?」

「くっ・・・・・メルを・・・皆を護ることだ・・・」

ここで死ぬわけには行かない。

今の実力でクロヴァスと戦って勝てる自身はほとんどない。

いくら、ワイバーンの性能でもあの恐怖に抗えるかどうか・・・

「だったらじっとしていろ。それにクロヴァスの襲撃は最大の好機。その作戦を実行するならな」

「・・・だな」

トールは冷静になるとその場に座った。

だが、胸の中にまだ、もやもやとしたものが残っている。

目的の為に犠牲にしなければならないもの・・・そんなものがあるのか・・・

自分が原因で起こることに尻拭いもせずに自分の目的のためだけに行動する。

本当に正しいことなのかトールには分からなかった。

「・・・そういえば。ビーン先生はなんでそんなにヴェルフォースについて詳しいんですか?」

「・・・・・すまない」

「・・・そうですか・・・」

「・・・・だが、時が来れば話そう。全てを・・・」

「えぇ」

トールはその言葉だけを受け取ると頷いた。

言いたくない過去の一つや二つはあるだろう。

それを強引に聞き出すなんてやり方は間違っているとトールは思っている。

 

トールは夕焼け空を見上げて大きく伸びをしていた。

今まさに沈まんとする太陽はとても大きく全てを照らし出している。

そして、闇の支配する夜が来る。

「しなきゃならないこと・・・か」

トールはまだ、心に整理がついてなかった。

この平穏から抜け出すことさえ拒否している心はいっちょまえに何かを犠牲にするやり方さえも拒んでいる。

それが偽善なのは分かっている。

何もかも護ることなんて出来もしないことだ。

自分の幸せさえも捨てきれずに何もかも護ることなんて出来るとは思えない。

でも、それすらも何かを犠牲にするやり方だ・・・

「弱いな・・・俺は・・・」

何もかもを護れるヒーローなんて存在がこの世にいるのだろうか・・・

絶対正義の象徴なんて・・・

「トール」

後ろから少女の声が聞こえてトールは振り向いた。

シャサが不安そうな表情でトールを見上げている。

「なんだ?」

「悩んでるの?」

「・・・分かる?」

トールはこんな子供にすら心配されるとはとため息を吐いた。

「しょうがないよ」

「しょうがないって・・・分かってるのか?」

「ひどいなぁ!ちゃんとビーン先生の話し聞いて考えたよ」

「へぇ・・・で、答えは出たのか?」

「答えかは知らないけど・・・でも、本当に辛いなら逃げても良いと思うんだ。私」

「・・・・・・」

二人の間をひんやりとした空気がすりぬける。

夜が近い・・・

「だって、一度きりの人生だよ。楽しい事だって沢山やりたいし色々な人たちと出会いたいよ。

でも、皆のため、世界のためって頑張って傷ついて・・・・死んじゃうなんて可笑しいよ」

少女の声が赤い空に響き渡る。

トールは何も言わずにその頭を撫でた。

「・・・一理あるな」

トールのその言葉にシャサは笑顔になる。

自分の考えが肯定され・・・認められた。

それが彼女の表情に躊躇に表れる。

「自分の思い通りに行動する。そうだよな」

「そうそう、自分が思ったとおりに動かなきゃ」

「・・・それじゃあ、頑張ってクロヴァス倒さなきゃな」

「えっ・・・」

トールのその言葉にシャサは驚いた。

まるで時が凍りついたかのように彼女の表情が固まる。

「ダメだわ。オレ、自分が思ったように・・・幸せなように動くならあいつを倒さなきゃならない」

「どうして・・?逃げても良いんだよ?ここに残ったほうが全然、幸せのはずなのに・・・」

「幸せ・・・か。シャサにとっての幸せってその程度なのか?」

「えっ・・・」

「自分を信じてくれた人たちを裏切ってまで楽な風に生きるのが本当に幸せなのか?」

「・・・・」

「オレはいやだ。そんな生き方・・・後悔だらけだ。全然、嬉しくもない」

「・・・・それは・・・」

二人の間に無限とも思える距離がシャサに感じられた。

違う・・・トールは自分とは違う。

今まで感じていた親近感が嘘のように薄れていく。

なんで自分がそこにいるのかさえも希薄になりかけていた。

「トール殿!」

突然、一台のタクシーが猛スピードで迫りアパートの目の前で急停止した。

「うわっ!」

「お迎えにあがりました!」

驚く二人の前に男が現れる。

まるで何もかも見透かすような黒い眼を持った男だ。

 

 

午後5:00

それは突然に始まった。

「全チャンネル強制割り込み!凄い出力で全世界に放送が開始されています」

「エアーズの映像出力全て割り込まれてます。阻止できません」

「くっ・・・まさか打って出るとはな・・・」

サラサは苦々しくモニターに写る映像を睨みつけていた。

そこには深くしわが刻み込まれた高齢の老人が映し出されだされている。

法衣と呼ばれる特殊な衣装を身に纏い神々しいばかりの光を身に纏っていた。

彼の名はゼトラ・・・オウル教と呼ばれる世界最大宗教の教祖である。

 

「オウル様に愛されし全ての者たちよ。われはゼトラ、神の代弁者である。

私はオウル様より新たなる啓示を受けそれを皆に聞かせる。

我々が待ち望んだオウル様は復活のときが迫っておられる。

だが、この世界に流れる邪悪な気の流れがそれを阻止してしまっている。

本来、我々は全てオウル様の前に等しく平等でなければならなかった。

だが、現状はどうであろうか?

一部の大国がその富を独占し、数多くの国ではその日を生きることさえままならぬものたちもいる。

そのような状況が気の流れを乱しオウル降臨を防いでしまっている。

そこで我々は全てを今一度、浄化し0に戻せと仰せつかった。

その為に我々は呪われし剣をとる。

この世界を我が物顔で支配する愚かな者どもに鉄槌を下すために我々は立ち上がる。

世界は等しく平等でなければならない。

我々が起こすのは聖戦。世界最後の戦いである。

戦いの果てに数多くの命が血と共に流れ出るだろう。

だが、それは決して無駄なことではない。

罪深きものはその魂を清めオウル様の下へ、罪無き者は再び楽園となるこの世界に舞い戻ることが出来るのだ。

世界を完全なる状態へと戻すために人々よ、我々に力を貸したまえ。

そして、強欲なものたちに裁きの光を見せるのだ」

 

それは宣戦布告だった。

この世界で富を持ち平穏に暮らす国に対しての。

確かに今の世界は狂っていると言ってもいいだろう。

一部の者たちが私腹を肥やし、一部の者たちは命を落としていく。

そして、大多数の者たちはそんな状況を把握もせずにただ、生きていた。

神の名の下に裁定が始まる。

絶対安息の楽園へとホライゾンを変える為の業深き戦いが・・・

最後の戦いが始まろうとしていた。

 

「ふざけるな!」

トールはその放送をタクシーの中で聞いた。

どうしようもない怒りが自分の中で燃え上がるのを感じていた。

確かに人は平等じゃない。幸せなものもいれば不幸なものもいる。

状況が仕方なくそうさせる場合もある。

だけど、それが間違っていることだとトールの心は、魂は感じていた。

「トール・・・」

そんなトールを見て悲しそうな表情でシャサが呟く。

トールはそんな呟きも聞こえないほどに何かを睨みつけていた。

対象など無い。例えて言うなら神という存在そのものを睨みつけていた。

「その怒り今は抑えておくんだな」

タクシーを運転する男が告げる。

「ぶつけるべきは戦場だ。奴らは戦いを挑んできたんだ。なら、俺たちも戦って帰すのが礼儀だ」

「・・・」

トールは答えない。

戦わないとは言わないが戦って解決する方法を正しいとも思わなかった。

だが、熱くたぎる血潮だけがその悩みすらも吹き飛ばしていく気がした。

 

「東北の方向より所属不明機多数接近」

「空艇師団出撃する。オウル教・・・いや、ヴェルフォース・・・」

サラサはレーダーに映る機影を見て口元を歪ませ歯をむき出しにする。

まるで獲物を見つけた猛獣のような目つきで睨みをつける。

「待っていた・・・この時を・・・爺様の・・父様の仇!!」

血走った眼で画面を見つめるサラサをファルクは悲しそうに見つめていた。

「シロガネ少将。分かっておるな」

「あぁ、無論だ。我々に逆らうことの愚かしさ・・・身にしみさせてくれる!」

「頼もしい限りだな」

「それだけか?」

「圧空砲は使うな。敵の距離が近すぎる。自国に損害を出すわけにはいかん」

「当たり前だ!あのような戦略兵器を使うわけがなかろうが」

「ならばよい。戦果を期待しておるぞ」

「ふん」

サラサはそういうと通信をきった。

「偉そうに・・・貴様はそこに座ってるだけで勝てると思ってるバカのくせにな」

「そういわず・・・だからこそ我々の思い通りに事が進んでいるのです」

「そうだな・・・予定通り進んでおるのか?」

「ジェイアに任せています。間違いは無いでしょう」

「だな・・・キングオブエアーズは後方で待機。右翼大隊と左翼大隊を前進させろ」

「了解」

圧倒的な数を持つ空艇師団。流石にその戦力を一気に使うわけにいかない。

基本的にはエアーズ周辺の守りを担っており様々な作戦にかりだされている。

機動性が高く迅速かつ速やかに作戦行動に移れるなど平和ボケをした国には珍しく使える部隊だ。

戦闘中の指揮の大本はサラサ、後はそれぞれ四天王と呼ばれる師団を形成する四つの大隊の隊長に任される。

そして、空を支配する国と神に雇われた傭兵たちの戦いが始まる。

 

トールたちは大型のトレーラーに乗ろうとしていた。

大型といってもMRを一機輸送できる程度のものだ。

少数で行動するのならば問題はない。

「トール久しぶり」

見たことのある顔が運転席から顔を出して手を振っていた。

「ラスク」

「元気そうだね・・・それと知ってる顔と知らない顔がいるね」

ラスクはビーン先生とルミルがいることに驚いていた。

「色々と事情があるんだ。それよりも・・・その横にいる女は?」

「どぉも、貴方がトール?」

何故か助手席に乗っていたネティアが身を乗り出しトールの顔をマジマジと見る。

「そうだけど」

「貴方がねぇ・・・そうそう、私もあなたたちに同行することになったから」

「えっ?」

トールは驚いてラスクの顔を見る。

「ごめん。いや、脅迫されちゃって・・・でも、彼女、武器のメンテに関しては相当な腕前だから問題ないよ」

「そ・・そうか?」

脅迫されてというのが気になったがそんな場合ではない。

「メルは?」

「後ろの部屋で寝かせてる。正直、意識が戻らなくて危険だけど・・・問題ないね」

ラスクはすぐさまにトレーラーに乗り込んだビーン先生を見て呟いた。

あの人がいればどうにかなるだろう。

「おし・・・それじゃあ、オレはワイバーンを起動させる」

「えっ!?だってこのまま逃げるんじゃ?」

「どうにも様子が可笑しいが・・・あの灰色の奴がオレを追ってここまで来たんだ。

猛烈アピールを続けるストーカーさんにちょっと挨拶してくる」

「と、トール!いくら、ワイバーンになったからって無茶は!」

「分かってる。危険なら逃げてくる・・・だけど、俺たちのせいで戦いになったのに・・・

世話になった空艇師団に任せて逃げるのも!安らげたエアーズの人たちの平和を妨げようとする奴を野放しに出来ない!」

トールはそう叫ぶとワイバーンのコックピットに乗り込んだ。

起動キーを差込、システムを入れる。

鋼力エンジンが銀色の光を全身へと送り込み機体が目覚める。

風の翼を持った青い機体・・・それにトールが乗り込むことによりそれは完成する。

機体とドライバーが一つになってこそメタルレプリカは真価を発揮する。

「待たせたな・・・そして、すまない。オレのわがままに付き合ってくれ!!」

トールは叫ぶと隔壁が開いて出来た道を通り外へと飛び出した。

完全に沈もうとする太陽をバックにワイバーンは大きくエアロウィングを広げる。

「オレはオレの思ったとおりに行動する!全部、オレの幸せのため・・・

正しいとも思ってないし罪だとも思ってる・・・だけど・・・

たった一人の少女の幸せを踏みにじるような奴らが!

何もかもを壊して楽園を築こうとするような神が!

正しいはずなんかない!

ワイバーンよ!オレの翼になれぇ!」

トールが叫ぶと鋼力エンジンはまるで吼えるように唸りを上げて鋼色の光を放出する。

全身に漲る力は空気を振るわせ巨大な風を発生させる。

無茶苦茶な方法で生み出された風は爆発的な推進力をワイバーンに与えた。

装甲の限界を、対魔術術式の限界を超えかねない勢いで加速する。

音が全て遠ざかり、巨大な衝撃が機体を襲う。

世界が駆け抜け、戦火が目前に迫った。

 

今、空に近い国に青い稲妻が舞い降りる。

神の裁きの雷に混ざって、青くただ、青く輝くそれはまるで空を味方につけたかのように飛翔する。

戦場を貫いた青い光・・・

戦場の兵士たちは忘れないだろう・・・

圧倒的な脅威に立ち向かう青の鋼を・・・

そして、その叫びを・・・